境目に立つ脂肪酸——分けたがるのは、いつも私たち

ラウリン酸、名前の話から始めます。

ラウリンは月桂樹、ラテン語のlaurus(ラウルス)から来ています。勝者の頭にのせる月桂冠の、あの木です。この脂肪酸が最初に月桂樹の実の油から取り出されたので、その名が残りました。名前のなかに、一本の木が立っています。

ラウリン酸は、ココナッツオイルのおよそ半分を占めます。だからココナッツオイルの話をするとき、私たちはかなりの部分で、実はラウリン酸の話をしていることになります。

「ラウリン酸は中鎖脂肪酸のはずなのに、長鎖脂肪酸のようにカルニチンという運び屋を使ってエネルギーになると読みました。結局、中鎖なのでしょうか、長鎖なのでしょうか」。

いい問いです。そしてこの問いの奥には、脂肪酸よりもずっと大切な話がひそんでいます。

炭素の数で、線を引く

脂肪酸は、炭素が鎖のようにつながった分子です。その鎖の長さで、私たちは脂肪酸を短鎖・中鎖・長鎖と呼び分けています。炭素6個、8個、10個、12個、14個……と、一つずつ伸びていく。そのどこかで「ここまでが中鎖、ここからが長鎖」と線を引く。

その線は、たいてい炭素12個と14個のあいだに引かれます。つまりラウリン酸(炭素12個)は、中鎖のいちばん端。崖のふちに立っているような位置にいます。しかも、その線をどこに引くかは、専門家のあいだでも一致していません。炭素6〜10個までを中鎖とし、ラウリン酸をその外——長鎖の側——に置く数え方もあります。境目そのものが、数える人によって動くのです。

なぜこの区別を気にするかというと、体のなかでの振る舞いが違うからです。中鎖脂肪酸は速く分解されてエネルギーになり、ケトン体という燃料にもなりやすい。長鎖脂肪酸はもっとゆっくり、別の運搬経路を通っていきます。糖質を控える食事法で「中鎖脂肪酸はすぐエネルギーになる」と語られるのは、この違いのことです。

速さの正体は、いちばん短い者たち

ココナッツオイルを摂るとケトン体が比較的速く上がる——この「速さ」の主役は、実はラウリン酸ではありません。

炭素8個(カプリル酸)と、炭素10個(カプリン酸)。この二つが、本当の速さを持っています。彼らはカルニチンという運び屋を必要とせず、細胞のなかの燃焼炉であるミトコンドリアに、直接すべりこめる。だから桁違いに速くケトンになります。カナダの研究グループが2017年に行った試験でも、純粋なカプリル酸のほうが、ココナッツオイルよりもはるかに大きなケトン反応を生むことが示されています。ココナッツオイルの中で炭素8個・10個が占めるのは15%ほど。けれど立ち上がりの速さという一点では、この少数派が主役なのです。

ではラウリン酸は何をしているのか。ラウリン酸は、この速い連中と、ゆっくりした長鎖脂肪酸のあいだにいます。長鎖より短いぶん、分解は速い。けれど炭素8個・10個ほどのケトンを生む力はなく、もっと穏やかに、遅れて効いてきます。エネルギーになりやすいか、と問われれば——長鎖よりは速いが、いちばん速い者たちには及ばない。ちょうど中間、というのが正直な答えです。

両方の顔を、同時に持つ

質問の核心だった、カルニチンの話に戻ります。

ミトコンドリアという燃焼炉には、脂肪酸が入るための入口が二つあります。一つは、カルニチンという運び屋に手を引かれて入る経路。これが長鎖脂肪酸の入り方です。

もう一つは、運び屋を使わず、そのまま入っていく経路。炭素8個・10個は、こちらに振り切れています。

ラウリン酸は、そのどちらか一方ではありません。一部はカルニチンに手を引かれ、一部は自分で入っていく。二つの入口に、またがっています。体に取り込まれる段階でも同じことが起きていて、一部は肝臓へ直行する速い経路を、一部は長鎖脂肪酸と同じリンパの経路をたどります。

つまりラウリン酸は、「中鎖の顔」と「長鎖の顔」を同時に持っている。どちらかに決めきれないのではなく、両方であることが、この脂肪酸の本当の姿なのです。

分けたがるのは、いつも私たち

ここまで来ると、ある論争が見えてきます。「ラウリン酸は中鎖だ、だからココナッツオイルは中鎖脂肪酸の油だ」と言いたい人たちと、「いや、代謝を見れば長鎖に近い、中鎖と呼ぶのは言い過ぎだ」と言いたい人たち。どちらも本物のデータを手にして、譲りません。

けれど、少し引いて眺めると、おかしなことに気づきます。ラウリン酸そのものは、少しも困っていないのです。炭素12個の鎖が、炭素12個の鎖として、ふるまっている。ただそれだけのことです。困っているのは、それを「中鎖」か「長鎖」かの箱に入れたい、私たちのほうです。

自然は、炭素を一つずつ足していく連なりをつくりました。一つ伸びるごとに、振る舞いが少しずつ移り変わる。ゆるやかに続く坂道のようなものです。そこに「ここまで」「ここから」と線を引き、箱に名前をつけたのは、私たちのほうです。分類は便利です。便利だからこそ、使う。けれどその線は、自然が引いたものではなく、私たちが引いたものだということを、ときどき忘れます。

生き物を界・門・綱と分けたリンネの時代から、人間はずっと世界を仕切りたがってきました。仕切ると、扱いやすくなる。名前がつくと、安心する。それ自体は悪いことではありません。ただ、線のうえにちょうど立ってしまった者——ラウリン酸のような存在——が現れたとき、私たちはつい、そいつを問題児のように扱ってしまう。「どっちなんだ」と問い詰める。

でも、問題はラウリン酸の側にはありません。

その志向は、すでに美しい

自然の坂道は、はじめから途切れていません。炭素8個からラウリン酸へ、ラウリン酸から長鎖へと、なめらかに連なっている。その連なりのなかで、ラウリン酸は両方の顔を、矛盾なく持っている。矛盾しているように見えるのは、私たちが先に箱を用意してしまったからです。

自然が向かっていく方向——その志向は、それだけですでに美しい。私たちが「こっちか、あっちか」と言い争うことで、もともと欠けのなかったものに、あとから欠けをつくってしまう。争いのほうが、対象を汚してしまうのです。

だから私は、ラウリン酸を「分類の困りごと」としてではなく、「連続性を教えてくれる小さな先生」として読みたいと思っています。境目に立つものは、境目がただ塗られた線にすぎないことを、いちばんよく知っているからです。

そしてこれは、脂肪酸だけの話ではありません。健康か、不健康か。良い食べ物か、悪い食べ物か。私たちは人も、食べものも、生き方さえも、つい二つの箱に分けたがります。けれど自然は、その線あまり尊重しません。たいていのものは、坂の途中に立っています。

月桂樹の名を持つこの脂肪酸が、境目に立って教えてくれるのは、そういうことなのかもしれません。


出典

  • Bach & Babayan, Am J Clin Nutr(1982)— 中鎖脂肪酸の代謝を整理した古典的レビュー。「中鎖と長鎖で扱われ方が違う」の土台。
  • Papamandjaris ら, Life Sci(1998)— 中鎖脂肪酸が肝臓へ直行し、カルニチンなしでミトコンドリアに入ることを解説。
  • Marten ら, Int Dairy J(2006)— 中鎖を炭素6〜10個と定義し、ラウリン酸を境界の外に置く例。「線は数える人で動く」の根拠。
  • Longo ら, Biochim Biophys Acta(2016)— カルニチンという運び屋を介する輸送の仕組み。長鎖脂肪酸の入り方の説明。
  • Vandenberghe ら, Curr Dev Nutr(2017)— 純カプリル酸(炭素8個)のケトン反応がココナッツオイルの約4倍。「速さの主役はC8」の裏づけ。

一般的な健康・栄養の話です。診断や治療ではありません。

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