0.4℃を守る体が、なぜ40℃を生きられるのか

この夏も、外に出れば、35℃を超える日が続きます。
一方で、私たちの体の中 ―― 核心の温度は、真夏でも真冬でも、37℃のあたりから、ほとんど動きません。

考えてみると、これは、少し不思議なことです。
外の世界は、氷点下から40℃まで、七十度もの幅で揺れる。
それなのに、体の中は、そのごく一部の幅しか、許されていない。
この、狭い内側と、広い外側の隔たりを、今日は、たどってみます。

体の中の「帯」は、驚くほど狭い

私たちの体温には、汗もかかず、震えもしない、心地よい温度の幅があります。
これを、体温調節の「帯」と呼びます。

ただし、体の内側 ―― 核心の温度で見ると、この帯は、目を疑うほど狭い。
汗が始まる温度と、震えが始まる温度の、あいだ。
この内側の帯を、閾値間帯 (interthreshold zone) と呼びます。
その幅は、わずか0.4℃ほどしか、ありません1
だいたい、36.5℃から37.5℃の、ほんの一部です。

体は、この狭い帯の中に、核心の温度をとどめようと、絶えず働いています。
0.4℃を超えて上がれば、汗を出して冷やし。
下がれば、震えて熱を作る。
内側の温度は、これほど、きびしく守られているのです。

外の世界に対する「幅」は、はるかに広い

では、外の気温のほうは、どうでしょう。

汗も震えも使わず、皮膚の血のめぐりだけで平気でいられる外気温は、裸で、およそ28℃から32℃2
この、外気温に対する心地よい帯には、温熱中間帯 (thermoneutral zone) という名前がついています。
服を着れば、その幅は、もっと低いほうへ広がります。
そして、汗と、皮膚の血流と、衣服と、日陰を選ぶ知恵まで加えれば ――
人が生きて動ける外気温は、氷点下から40℃を超えるところまで、大きく広がります。

内側は0.4℃、外側は数十℃。
この落差こそが、体温調節の正体です。

たとえるなら、エアコンに似ています。
「室温を、いつも一定に」という、きびしい設定。これが、内側の0.4℃。
そして、その設定を守るために働く、強力なエアコン。これが、汗と血流です。
外が何度であろうと、内側の設定を守りぬく ―― だから私たちは、広い外気の中を、生きていられるのです。

内は狭く、外は広い。核心体温の狭い帯(閾値間帯・約0.4℃)と、外気温に対する広い対応幅を並べた図。
内は狭く、外は広い。体は、狭い核心体温を、汗と皮膚血流で、広い外気の中でも守っている。

私たちは、「冷やす力」を極めた動物

そのエアコンにあたる冷やす力を、人は、際立って強く持っています。

人という生きものは、アフリカの、灼けるような大地で育ちました。
そこで、毛皮を手放し、皮膚じゅうに汗腺を張りめぐらせる道を選んだ。
皮膚に張りめぐらせた汗腺の密度は、近い親戚であるチンパンジーの、およそ十倍3
実際に汗で体を冷やす力も、条件しだいで、四倍から十倍にもなります。

この差は、暮らし方の違いから生まれました。
森で暮らす霊長類は、暑さを、避けることでしのいできました。
日陰で休み、暑い時間は動かず、毛皮も残したまま。
だから、全身を汗で冷やす仕組みは、要りませんでした。
私たちの祖先は、逆の道を選びます。
日陰に逃げず、開けた大地を、真昼でも動く。
暑さを避けるのではなく、暑さの中で動くために、毛皮を手放し、汗の力を極めていった。
真昼の熱の中を、獲物が動けなくなるまで追い続ける持久狩猟 (persistence hunting) も、この冷やす力があってこそでした4

避けるか、立ち向かうか ―― その分かれ道が、私たちの体を、変えたのですね。
暑さは、克服すべき敵ではなく、味方につけてきた条件だったのです。

外の世界は、ずっと揺れてきた

その外の世界 ―― 地球の気温もまた、大きく揺れてきました。

いちばん寒い頃、世界の平均気温は、今より六度ほど低く5
海の水は氷にとられ、日本は大陸と地続きでした。
逆に、今より暖かかった時代もあります。
私たちと同じ種が生きた最終間氷期は、世界の平均でこそ一度前後の差でしたが、夏の高緯度では三度から五度も高く、海面は数メートル高かった6

寒さも、暑さも、私たちの祖先は、その両方を、生きぬいてきました。
今年の暑さは、この体にとって、はじめての試練では、ないのです。

帯を、狭くしてしまうもの

ここまでは、うまくできた話です。
けれど、この心地よい帯は、狭くなることがあります。

きっかけの一つが、代謝の乱れです。
更年期のほてりに悩む人では、この帯が狭まっていることが、古くから知られていました7
帯が狭いほど、わずかな体温の揺れが、すぐに汗やほてりの引き金を引いてしまう。
近ごろは、その裏側で、脳の体温調節の中枢の働きが変わることも、見えてきました8

そして、帯を狭めるものの正体に、新しい手がかりが加わりました。
更年期を迎える前の、インスリンが高い人ほど、のちのほてりが、早く、長く続く。
しかも、その関係は、体重とは別に成り立っていたのです9
糖尿病や肥満でも、暑さの中で、汗と皮膚血流の立ち上がりがにぶり、体温が上がりやすくなります10

つまり ――
代謝がこわばると、暑さや寒さを受けとめる帯は、狭くなる。
のびやかな代謝は、その帯を、広いまま保ってくれる。
暑さに強い体とは、生まれつきの特別ではなく、帯の広さを、失わずにいる体のことなのですね。

体は、慣れていく。ただし、水があれば

もう一つ、心強いことがあります。
体は、暑さに、慣れていく力を持っています。
これを、暑熱順化 (heat acclimatization) といいます。

暑い環境に身を置くと、十日から二週間ほどかけて、体は作り替わっていきます11
血液の量が増え、心臓の負担が減り、汗は、早く、上手に出るようになる。
同じ35℃が、少しずつ、こたえなくなっていくのです。

ただし、この力は、水があって、はじめて開きます。
汗とは、体の中の水を、外へ分けあたえる働き。
暑さに強い体とは、水を出し惜しむ体ではなく、水を、きちんと巡らせる体のことです。

0.4℃を守りぬく、きびしい内側。
数十℃を生きぬく、広い外側。
その二つを、汗という力でつないできたのが、私たちという動物です。
今年の夏も、体の帯を、信じていい。
そのうえで、どうか、水を、たっぷりと。


  1. 体温調節の閾値間帯(ヌルゾーン)=発汗が始まる核心温と、震えが始まる核心温の差。健常でおよそ0.4〜0.6℃と狭い。Kingma BR, Frijns AJH, Schellen L, van Marken Lichtenbelt WD.「Beyond the classic thermoneutral zone」Temperature 1(2):142–149, 2014(DOI 10.4161/temp.29702)。 

  2. 裸・安静時に、発汗も震えも要さず皮膚血流のみで体温を保てる外気温の帯(サーモニュートラルゾーン)は約28〜32℃。同 Kingma 2014。これは外気温の帯であり、上記の核心温0.4℃とは別の指標。 

  3. ヒトのエクリン汗腺の密度は、チンパンジーやマカクのおよそ10倍と報告されている(構造の比較)。発汗による実際の冷却能も、暑さの強さ・運動・順化・個人差などの条件により4〜10倍高い(機能の比較)。Best A, Kamilar JM.「The evolution of eccrine sweat glands in human and nonhuman primates」Journal of Human Evolution 117:33–43, 2018 ほか。 

  4. 持久走がヒト属(Homo)の身体進化を形づくったとする説。Bramble DM, Lieberman DE.「Endurance running and the evolution of Homo」Nature 432:345–352, 2004(DOI 10.1038/nature03052)。 

  5. 最終氷期最盛期の世界平均気温は現在より約6℃(−6.1℃、95%CI −6.5〜−5.7)低いと推定。Tierney JE ほか, Nature 584:569–573, 2020(DOI 10.1038/s41586-020-2617-x)。 

  6. 最終間氷期(エーミアン、約13万〜11.6万年前)は世界平均で今より約0.5〜2℃高く、高緯度の夏はさらに顕著、海面は約6〜9m高かった。最終間氷期海水温データセット ほか(Earth System Science Data 12:3341–3356, 2020)。 

  7. ホットフラッシュの多い女性は体温調節の帯(閾値間帯)が狭い。Freedman RR.「Biochemical, metabolic, and vascular mechanisms in menopausal hot flashes」American Journal of Obstetrics and Gynecology 181(1):66–70, 1999。 

  8. 視索前野のKNDyニューロンがエストラジオール低下で過活動となり、帯の狭窄に関与するとされる。Gombert-Labedens M, Vesterdorf K, Fuller A, Maloney SK, Baker FC.「Effects of menopause on temperature regulation」Temperature 12(2):92–132, 2025(PMID 40330614)。 

  9. 閉経移行期の前(47歳時点)の空腹時インスリンが高いほど、のちの血管運動症状(ほてり)の発症が早く、持続が長い。体重・血糖とは独立で、体重より予測力が強かった。SWANコホート、704名。Athar F, Gregory S, Houston EJ, Templeman NM.Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 111(6):e1544–e1553, 2026(DOI 10.1210/clinem/dgaf699)。 

  10. 2型糖尿病や肥満では、暑熱下で皮膚血流と発汗の反応が低下し、中核体温が上がりやすい。Kenny GP ほかによる総説(Temperature 3(1):119–145, 2016)ほか。 

  11. 暑熱順化は3〜5日で始まり、多くは10〜14日でほぼ完成する。血漿量の増加、発汗の早期化と増量、汗の塩分低下などが起こるが、いずれも十分な水分・電解質の補給があって成立する。Périard JD, Racinais S, Sawka MN.Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports 25(S1):20–38, 2015(DOI 10.1111/sms.12408)。 

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