今日は聖夜を迎えます。この日になるといつも思い出す失敗体験がありますので、そのことを書いてみます。
僕はNYで大学一年生のクリスマスシーズンを迎えていました。当時はメールもメッセンジャーもなく、お世話になった方々にグリーティングカードを送るのが習慣でしたので、書店に並ぶクリスマスカードを購入しました。
一般的なクリスマスカードには”Merry Christmas!”と印刷されていますが、メッセージには様々なバリエーションがあり、”Happy Holiday!”、”Seasons’ Greetings!” などがありました。背景文化が多様な米国では相手がキリスト教徒でなくても、「楽しい祝日を一緒に祝おうね!」と伝えることができる表現です。
その中で、”Happy Hanukkah!”といういかにもクリスマスらしいカードもありました。Hanukkah!の意味は知りませんでしたが、当時はわからない英単語の方がわかるそれより多く、Hanukkahもその一つ。イラスト画もクリスマスっぽいので間違いないだろうと思ったのです。
そして、これに感謝のメッセージを書いて、お世話になった教授達や留学をお世話してくれた恩人達に送ったのですが、年が明けてからHanukkahはユダヤ教の祝日であることに気づきました。クリスマスとほぼ同時期にお祝いされる、ユダヤ民族がマカバ戦争で神殿を奪回したことを記念する日だったのですね。
英語で米国を知ること、そしてキリスト文化を学ぶことで精いっぱいで、他の宗教のことを学ぶ余裕はありませんでした。しかし、「それぞれの背景文化に注意し、適切な対応を心掛けること」をしなければいけないと強く思い込んでいました。
このカードを受け取った人は、「コージはなぜ私にこのカードを送ったのだろう?」と不思議がったと思います。僕は他文化に対して無知だったことにとても恥ずかしく思いました。それ以来、比較文化には少しづつ興味を持つようになりました。
今考えてみると、あの時の失敗に対し「クリスチャンの自分にユダヤのカードを送ってくるなんて失礼な!」と怒ったり、「キリスト教とユダヤ教のカードを間違えるなんて文化度の低い奴だ」と見下した人はいなかったと思いますが、当時の僕は自分を責めることしかできませんでした。
日本に来ている留学生から年賀状の代わりに暑中見舞いをもらっても、失礼というより笑いの種になるくらいで逆に面白いですよね。
さて、クリスマスに話しを戻しましょう。
「このクリスマスにキリストが来る時、思いやりの人に出会うでしょうか?主の降臨の時を、神の愛と気遣いで、他人を愛し、尽くすことでお祝いしましょう。」マザーテレサのことばです。
“At this Christmas when Christ comes, will He find a warm heart? Mark the season of Advent by loving and serving the others with God’s own love and concern.” -Mother Teresa
日本には戦後「メリークリスマス!」とお互いに声を掛け合う分化が育まれました。それを商業主義の行き過ぎと批判する論もありました。しかし、それ以上にクリスチャン人口が僅か1%の神道・仏教国である日本にクリスマスのお祝いがここまで浸透したのは、宗教間にある共通のテーマの一つ、お祝いを通して家族を、隣人を、友達を、同志を、愛していく、そしてその愛を確認していくことが自然に受け入れられたからだと思います。
キリスト降誕のたえなる光がこの世を、私達を照らしてくれますように。
メリークリークリスマス!