ケトン体はガンのエサなのか?

長いポストになりそうなので、結論から先に書くと・・・
ガン組織は変異を繰り返し様々な成長環境をとりえる複雑な生き物で、 その栄養源を一言で斬ることはできません。
しかし、周囲の正常細胞を自らに栄養を供給させる奴隷細胞へと変えながら、自らはミトコンドリア代謝をしながら成長していくガン組織へと変異することがあります。このような生態系を構築したガンを持ってしまった場合、予後はよくありません。
このようなガン細胞はケトン体だけでなく、乳酸、ピルビン酸、脂肪酸とあらゆる栄養を従属細胞に作らせ、それをとりこみながら成長していきます。
ガンは変異を繰り返す細胞で変異が進んで行った時、その戦況は患者一人ひとり違います。罹患した場合、その方の生存率は臨床医の戦況分析と戦略立案能力にかかっています。
しかし、2人に1人という勢いの社会現象となっているガンのほとんどは、代謝障害を原因としています。
大切なのはガンを作らない、ガンを変異させない、ガンに正常細胞を操る暴君にさせない食事と運動と気持ちの持ち方です。
食事においては、ケトン体を積極的に利用したハイブリッド燃料による代謝が必用です。
「ガン予防」と、「三大治療を用いたガン治療」では、食事を含む戦略は異なる、という認識は大切です。
ケトン体はガンのエサなのか?これは皆さんも今後受ける可能性のある質問ですので、今日はそのことについて書いてみます。

ローカーバー達を震撼させたリサンティ博士の研究

トーマスジェファーソン大学キメルガン研究所のリサンティ博士の研究グループによって、2010-12年の間にケトン体がガンの成長や転移を促進させると主張したいくつかの論文が科学誌に掲載されました。
これは糖質こそがガンのエサであり、ケトン体 による食事はガン細胞を兵糧攻めにできる、と信じるローカーバー達、特にケトン食でがん予防をしている方、ガンに対峙している方にとっては衝撃的な内容でした。

リサンティ博士によるこの一連の研究のテーマは、「リバース・ワールブルグ効果」です。つまりワールブルグ効果が逆方向に起こっている、ということです。

リバース・ワールブルグ効果をお話する前に、ワールブルグ効果を耳にしたことが無い方のために、簡単に紹介します。

ワールブルグ効果

1931年に生化学ノーベル賞を受賞したオットーワールブルグは1955年に低酸素状態に置かれた細胞はミトコンドリア代謝から解糖・発酵代謝でエネルギー生産を行う細胞へ変性し、これがガンに一般的に認めらる代謝であることを発表しました。この現象は彼の名にちなんで「ワールブルグ効果」と呼ばれています。
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ところが、当時すでにガンは遺伝子の突然変異や悪性腫瘍の成長抑制因子の不全を原因とする考えが定説となっており、ワールブルグ効果は遺伝子変異が原因で起こる現象にすぎない、とガン治療の主流派からは全く注目されませんでした。
しかし、ワールブルグの「ガンは代謝障害が原因」であるという精神は彼以降もジョンズホプキンス医大のPhD Pedersen、そして現在はPh.D Thomas SeyfriedやMD D’Agostino等に引き継がれ、ケトジェニックダイエットによりミトコンドリア代謝不全のがん細胞を制御する研究は続いています。

リーバース・ワールブルグ効果

リサンティ博士は、これまでのあらゆるガン細胞の研究はガン細胞を単体で試験しており、ワールブルグ効果は試験管環境に適応したガン細胞の姿ではないかと主張しています。
リサンティはガン細胞はミトコンドリア代謝をしており、その成長のための栄養は周りにあるガンを支援する細胞から供給されていることを検証しています。
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ガン細胞は酸化ストレスにより周辺の正常細胞を奴隷化し、従属したガン支援細胞はオートファジー(自食)によりミトコンドリアが減少しており、ワールブルグ効果が働いているのはガン細胞ではなく、その周りの細胞だということです。
そして、ガン細胞はミトコンドリア代謝ができるのであれば、ケトン体を栄養に使えますので、がん細胞はケトン体をエサに成長すると主張しています。
では、リサンティはこれをどのように検証したのでしょうか。

乳がん細胞と線維芽細胞を使った実験

 リサンティ等の研究では乳がん細胞と線維芽細胞を共生培養させたところ、線維芽細胞のケトン体生産や乳がん細胞のミトコンドリア量と活動が大きくっていることを、遺伝子発現分析により確認できています。
また、乳がん細胞は新血管形成の増加は診られないにもかかわらず、線維芽細胞からの栄養で成長が起こっていることが認められました。また、マウスを使用した実験でケトン体を注入した際のガン細胞の成長が確認されています。

オートファジー

乳がんの酸化ストレスにより線維芽細胞はガン細胞の奴隷となり、オートファジーやミトファジーによりミトコンドリアは少なくなります。オートファジーとは自食作用のことです。この試験の設定では、ガンの奴隷となった正常細胞が自らを分解することで栄養を作り出し、ガン細胞に供給しています。
ミトコンドリアが少なくなった線維芽細胞は解糖によって作られた乳酸やケトン体をを栄養としてガン細胞に供給します。特に乳酸はとても高い転移促進作用が確認されました。
自浄作用で知られているオートファジーですが、この種のガン細胞に操られると、その自食作用がガンを成長させるために使われる奴隷と化すのですね。

試験への疑問

彼らの研究はとても興味深いのですが、試験の設定を直接生体に置き換えられるのかという点においてはいくつかの重大な疑問があります。
  • ネズミを使った実験ではマウスの食事に関しては触れられていません。マウスがケトジェニックだったのかそうでないかは重要な変数です。もしマウスが高糖質体質であった場合、ケトン体はブドウ糖に優先して代謝されますので余剰となったブドウ糖がガン細胞の成長を起こしたのではないか?
  • マウスのケトン体濃度がデータで提供されていません。毎日大量注入されるケトン体がケトアシドーシスを起こすようなレベルであれば、すでに異常な試験環境設定です。
  •  研究はMDA-MB-231という乳がんの細胞株に限られており、その他のガン細胞でも同様の結果がでるのかは疑問です。また、同チームの別の試験ではこの細胞株のケトン体利用酵素を亢進させたものが使われており、ケトン体代謝が亢進した特殊な細胞である可能性があります。(”Similarly, we generated MDA-MB-231 human breast cancer cells overexpressing the key enzyme(s) that allow ketone body re-utilization, OXCT1/2 and ACAT1/2.”)
  •  ケトン体は肝臓、腎臓、アストロサイトなどで生産されることが知られていますが、肝臓以外の臓器での生産はいずれも少量です。線維芽細胞がガン細胞を成長させるだけのケトン体を生産する力があるのか?
  •  また、この研究では繊維芽細胞が正常細胞として使われていますが、繊維芽細胞以外の正常細胞が酸化ストレスにより簡単にケトン体生産やオートファジーなどを行うのか?全てのガン細胞が繊維芽細胞に囲まれているわけではありません。
  • ガン細胞に栄養を供給する線維芽細胞が解糖でピルビン酸からケトン体を生産すると記されていますが、生化学的にそのようなことが本当に可能なのか。少なくとも生化学の教科書にはそのような現象が起きるとの記述はありません。
  • リバースワールブルグ効果におけるガン細胞は糖代謝もケトン代謝も可能ですが、その成長には周囲の支援細胞が必用です。これらの細胞はワールブルグ効果によってミトコンドリアを持っていません。ですので、ケトン体を主燃料にすることで、ガン細胞の成長を助ける過剰な栄養供給を遮断することになるのではないか。しかし、リサンティはガン治療にケトジェニックダイエットを用いることを否定しています。

私達は食事でなにができるのか

 ガン予防とがん治療の戦略は異なると書きましたが、重なる部分もあります。医療に携わらない私達が自分でできる予防活動は主に、1)食べもの 2)運動 3)考え方、の3つです。
リサンティはガン細胞と奴隷細胞の切り離しをガン細胞のミトコンドリア活性抑制や抗酸化物質をFDA承認薬で起こす研究もおこなっています。(それぞれメトホルミン、カタラーゼ)

リバース・ワールブルグ効果にて、ガン細胞は酸化ストレスにより正常細胞を従属化していきます。人間の細胞は本来、このような酸化ストレスにも強いはずです。また、酸化ストレスをまき散らかすガン細胞を作るのも酸化なんですね。

酸化されやすい細胞はどういう細胞なのか、酸化しにくい細胞をどのように作るか、そのような知恵を食事に応用していくことは大いに可能です。

Ketones and lactate “fuel” tumor growth and metastasis
Evidence that epithelial cancer cells use oxidative mitochondrial metabolism
Cell Cycle. 2010 Sep 1; 9(17): 3506–3514.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3047616/

Ketones and lactate “fuel” tumor growth and metastasis: Evidence that epithelial cancer cells use oxidative mitochondrial metabolism.
Cell Cycle. 2010 Sep 1;9(17):3506-14. Epub 2010 Sep 21.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3047616/

Power Surge: Supporting Cells “Fuel” Cancer Cell Mitochondria
Cell Metabolism Volume 15, Issue 1, p4–5, 4 January 2012
http://www.cell.com/cell-metabolism/fulltext/S1550-4131(11)00470-0

Anti-estrogen resistance in breast cancer is induced by the tumor microenvironment and can be overcome by inhibiting mitochondrial function in epithelial cancer cells.
Cancer Biol Ther. 2011 Nov 15;12(10):924-38. doi: 10.4161/cbt.12.10.17780. Epub 2011 Nov 15.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3280908/

Adipocytes promote ovarian cancer metastasis and provide energy for rapid tumor growth
Nature Medicine 17,1498–1503 (2011)  doi:10.1038/nm.2492
http://www.nature.com/nm/journal/v17/n11/abs/nm.2492.html?lang=en

2件のコメント

  1. とても勉強になりました。
    ケトン体による食事療法を広く広めたいです。

  2. するとメトホルミンを服用しながらケトン状態を維持するのが今の所一番マシな方法かもしれませんね。

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