放牧より穀物飼育のほうが環境に良い?
放牧で牧草牛を育てることに対する批判で最も多いのが、集中肥育と比較して「地球環境によくない」という主張です。
牛は反芻活動からメタンを発生させます。農業畜産においては、牛の飼育が最も多くの温室効果ガスを生みます。様々な公的団体から発表されている統計によると家畜からのメタンは温室効果ガスの7-18%を占めています。そして、放牧させると屋内で集中肥育させるより地球温暖化に悪影響があるというのです。
この主張はある二つの仮定の上に成り立っています。一つは土壌の炭素隔離量が一定であるということ。 もう一つは「連続放牧」との比較であるということ。この二つの仮定はは質の良くない仮定で、地球環境にとっては危険な考え方です。
牧草地における炭素隔離
牛から発生するメタンの量のみを考えると、確かに放牧よりも集中飼育に分があります。穀物よりも繊維質の多い牧草が消化される時の発酵からより多くのメタンが発生するからです。
また牧草牛の飼育期間は穀物肥育牛よりも出荷まで1.5~2倍程度時間がかかるので、メタン発生量もその分多くなります。
しかし、土壌による炭素隔離の量を考慮すると食餌内容によるメタンに含まれる炭素の放出量は簡単に相殺されます。炭素隔離とはあまり聞きなれない言葉ですね。大気中の二酸化炭素は植物が呼吸し、代謝によって炭水化物やタンパク質が作られ、これらの栄養は植物の根を通し土壌、特に土壌微生物に還元されます。つまり大気中の炭素を土の中に隔離できるのです。
牛を荒れた野原に放すと土壌の炭素隔離量は確実に高まります。牛たちが落としていいく腸内細菌が豊富な自然有機肥料と土壌内微生物の調和によって保持できる炭素量は増えていくのです。
また集中家畜生産のために必要な穀物を生産するためには農地が必要です。全世界で生産される穀物の1/3が畜産の餌に使われています。農薬や除草剤を使う慣行栽培だと土壌微生物は極端に少なくなります。すると土壌の有機物や水を保持する力が弱くなりますので浸食が起きます。結果として穀物栽培がおこなわれている土地の炭素隔離量は極端に減ってしまいます。この数字も計算には含むべきなのです。
放牧法によって大きく変わる炭素隔離量
これまでの放牧と集中飼養の比較研究ではあまり手のかからない「連続放牧」法の運営者のデータが使用されてきました。連続放牧とは牧草地全体に家畜を自由に移動させる方法です。
[ 連続放牧 ]
人件費があまりかからないこの方法は牧草牛飼育においてはまだ主流で、欠点もあります。牧草の再生、多様性、家畜に与える栄養、の全てにおいてレベルが低く、生産性も高くありません。
牧草はそのまま育つと季節が進むごとにその成長は遅くなります。成長している間は、根をとおして栄養と引き換えに有機物を微生物に渡します。牧草は食まれないとこの取引量も減り、炭素の土壌への還元が限定されます。
逆に、同じエリアの牧草が食べつくされるようなことも起こります。すると、土壌が大気にむき出しになり枯れやすくなります。枯れた植物は腐敗により分解されますが、その過程で二酸化炭素が大気中に放出されます。
土壌の炭素隔離を増やす目的で洗練された放牧法としてマルチパドック適応放牧(AMP)があります。この方法は比較的高い家畜密度でパドック(小牧場)での放牧期間を短期で回転させる方法で、牧草がより早く再生し、牧草の多様性も生み、そして土壌内の微生物や炭素を乾燥などから守る機能があります。
[ AMP放牧 ]
すでに1950年代に概念化され環境改善に対する科学的検証も行われており、グラスフェッドブームで放牧家が増加している中、浸透しつつある放牧法です。
AMPを用いると炭素隔離も飛躍的に向上しますので、世界中で増えている牛肉需要に対し、地球環境を良くしながら家畜生産を行う方法として期待が高まっています。
放牧による畜産は大気中の炭素を土壌に送りこむ炭素循環を促進させ、地球環境にとって最も最適である畜産法です。
Agricultural Systems Volume 162, May 2018, Pages 249-258