腸内細菌の話は、たいてい「善玉菌を増やしましょう」で終わってしまいます。
でも、その一段下で起きている現象のほうが、はるかに重いのです。
ある世代で失われた菌は、次の世代には「そもそも受け継がれない」。
私たちが今日食べているものが、孫の腸内環境の出発点を決めている。
この構造を、順を追って見ていきます。
そして最後に、「では動物食の祖先はどうしていたのか」という問いに、私なりの答えを重ねてみます。
腸内細菌は、ヒトの一部として進化してきた
まず、前提から。
腸内細菌は、ヒトに「あとから住み着いた居候」ではありません。
チンパンジー、ゴリラ、ヒト。
大型類人猿の系統樹と、その腸内細菌の系統樹を重ね合わせると、驚くほど一致します。
宿主が枝分かれしたのと同じタイミングで、腸内細菌も枝分かれしてきたのです。1
これは「共種分化」と呼ばれます。
つまり腸内細菌は、ヒトという種の進化に、何百万年ものあいだ編み込まれてきた。
私たちの消化、免疫、代謝は、この微生物の群れを前提に設計されています。
産業化に、菌が追いつけていない
ところが、この150年で、私たちの食生活は一変しました。
精製炭水化物、低繊維、抗生物質、過度の衛生。
腸内細菌の進化は、この激変にまったく追いついていません。
2019年に Nature Reviews Microbiology に載ったスタンフォードのソネンバーグ夫妻の総説は、「祖先型」と「産業化型」の腸内細菌が、もはや別物になっていると指摘します。2
タンザニアのハッザ族という現代の狩猟採集民を調べると、彼らの腸内細菌は、都市に住む私たちよりはるかに多様です。3
しかも、雨季と乾季で食べ物が変わるのに合わせて、菌の顔ぶれが季節ごとに入れ替わります。4
彼らが挙げる最大の要因が、食物繊維の激減です。
祖先の食事は1日70〜100グラム、いまの私たちは15グラム前後。
繊維を発酵させて生きる菌にとって、これは飢餓です。
腸内細菌がエサにできる糖を、まとめてMAC(microbiota-accessible carbohydrates、腸内細菌が利用できる炭水化物)と呼びます。
繊維は、そのMACの代表選手でした。
それが食卓から消えれば、繊維を食べる菌から順に痩せ細っていきます。
いちばん重い指摘 ── 世代を超える消失
ここまでは、まだ「取り戻せる話」に聞こえるかもしれません。
問題は、その先にあります。
ソネンバーグ夫妻がマウスで行った実験は、静かで、しかし恐ろしいものでした。5
繊維の少ないエサを与え続けると、腸内細菌の多様性は世代を追うごとに下がっていきました。
そして四世代目になると、あとから繊維を戻しても、失われた菌はもう戻ってこなかったのです。
理由は単純です。
腸内細菌は、母から子へ、出産と授乳のときに手渡されます。
母の腸にいない菌は、子には届きません。
一度その家系から消えた菌は、いくら環境を整えても、どこからも湧いてはこない。
多様性は、片道でしか減らない。
だから私たちが今食べているものは、自分の腸だけでなく、子や孫の腸の出発点を決めている。
これが、このテーマのほんとうの重さです。
でも、氷河期の祖先は、どうしていたのか
ここで、私は一つ引っかかります。
繊維がそれほど決定的なら、氷河期の祖先はどうなるのでしょう。
氷に閉ざされた時代、私たちの祖先はほとんど動物を食べていました。
植物は乏しく、繊維も、発酵の材料になる糖も、わずかしかない。
繊維こそが鍵なら、彼らの腸内細菌は、とうに崩壊していたはずです。
でも、彼らは何万年も生き延び、私たちにその腸を手渡してきました。
答えは、「菌のエサは、植物繊維だけではない」というところにあります。
菌のエサは、植物繊維だけではない
第一に、腸そのものが、菌のエサを出しています。
腸の壁は、ムチンという粘液の層で覆われています。
繊維が届かないとき、アッカーマンシアやバクテロイデスといった菌は、このムチンを分解して生き延びます。
これはソネンバーグ夫妻自身の論文にも書かれていることで、繊維の乏しい腸は「粘液を食べる菌」に傾く、とあります。
ただし、これには代償もあります。
繊維が極端に不足すると、菌が腸の粘液層そのものを削り取り、防御バリアが薄くなって病原体に弱くなる、と別の研究が示しています。6
だから「粘液を食べる」は、あくまで非常用のルートです。
第二に、動物のからだ自体が、繊維とは別の発酵基質を持っています。
軟骨、皮、腱、骨まわりの結合組織には、コラーゲンやグリコサミノグリカンという糖鎖が含まれます。
バクテロイデスの仲間は、こうした動物由来の糖鎖もエサにできます。
ここで大事なのは、これらが「肉」ではなく「まるごとの動物」に含まれるという点です。
赤身の筋肉だけを食べても、この基質は手に入りません。
骨や軟骨や内臓まで食べる、いわゆる鼻から尻尾までの食べ方で、はじめて菌の食卓になります。
動物食の、もう三つのルート
第三に、宿主の側の燃料が切り替わります。
大腸の細胞(コロノサイト)は、ふだんは菌が繊維を発酵してつくる酪酸をおもな燃料にしています。
ところが動物食で体がケトン体を使うモードに入ると、その一つであるβ-ヒドロキシ酪酸が、コロノサイトを直接養えるようになります。
つまり「繊維由来の酪酸がなければ腸の壁が飢える」という依存が、ケトン代謝ではやわらぐのです。
第四に、季節が種火を残します。
氷河期といえども、夏には木の実や根が少しは採れました。
ハッザ族で見たように、腸内細菌は季節ごとに増えたり減ったりしながらも、完全には消えずに種火として残ります。
わずかな植物の波が、繊維を食べる菌の血統を絶やさずにつないでいた可能性があります。
第五に、発酵と生の動物食が、菌そのものを届けます。
北方の伝統食には、発酵させた魚や肉、生の内臓が数多くあります。
これらは基質だけでなく、生きた微生物そのものを腸に運び込みます。
菌は、エサで養うだけでなく、外から補充することもできるのです。
正直な但し書き
ここで、都合のよい話だけにしないために、反対側の証拠も置いておきます。
赤身の筋肉ばかりを食べる現代のカーニボア食は、数日で腸内細菌を偏らせる、と報告されています。7
胆汁に強い菌が増え、なかには炎症と結びつくビロフィラのような菌も台頭し、植物の多糖を分解する菌は減っていきました。
だから、現代の「肉だけ」の食べ方と、祖先の「動物食」を同じものと考えてはいけません。
祖先の動物食は、骨まで、発酵まで、季節までを含んだ、まるごとの食べ方でした。
そこが決定的に違います。
ソネンバーグの警告を、読み直す
ここまで来ると、最初の警告の意味が、少し変わって見えてきます。
一つ。
ソネンバーグ夫妻が本当に恐れているのは、繊維不足そのものではありません。
一度失われた菌が、二度と戻らないこと。
その「絶滅」です。
守るべきなのは、ある一つの栄養ではなく、菌のレパートリー全体、いわば種の図書館そのものなのです。
二つ。
そう捉え直すと、目標が変わります。
「繊維という一つの栄養を摂ること」ではなく、「祖先型の菌の群れを、まるごと生かし続けること」。
繊維は、その大切な入り口の一つにすぎません。
三つ。
そして、ソネンバーグの警告と、プライマルな食の考え方は、じつは同じ敵を見ています。
精製され、すべてを削ぎ落とした産業化食です。
彼の警告が本当に向かう先は、そこにある。
だとすれば、骨まで、発酵まで、季節までを含む、丸ごと祖先型に食べるという営みは、彼の絶滅への警告に逆らうものではありません。
むしろ、その警告の反対側に立つ、答えの一つなのだと思います。
だから、どう食べるか
結論は、「繊維をもっと」でも「肉だけ」でもありません。
菌のレパートリーは、たくさんの扉から養えます。
植物を食べられるときは、種類を増やして繊維とポリフェノールを。
動物を食べるなら、赤身だけでなく、骨や軟骨や内臓までまるごと。
発酵食品で、菌そのものを継ぎ足す。
そして、腸の粘液を削るところまで繊維を切らさない。
祖先が氷河期を越えられたのは、一つの栄養に頼ったからではなく、腸という群れを、あらゆる手で生かし続けたからでした。
私たちにできるのも、結局は同じことなのだと思います。
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Sonnenburg ED, Sonnenburg JL. The ancestral and industrialized gut microbiota and implications for human health. Nature Reviews Microbiology. 2019;17(6):383-390. PMID: 31089293 ↩
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