腸管幹細胞は自分でケトン体を作る——糖が止める更新回路の正体

「砂糖水を飲むだけで腸が壊れるはずがない」

多くの方はそう思うでしょう。

2019年、Cell誌に掲載された研究が示したのは、それが起きるということです。13%のブドウ糖を混ぜた水を4週間飲んだマウスの腸では、ある特殊な細胞が3分の1まで減少していました。その細胞の名前は、腸管幹細胞(intestinal stem cells、略してISC)。腸の内壁を毎日作り直している「更新工場」の中心にいる細胞です。


腸の底にいる「幹」

腸の内壁は、3〜5日ごとに完全に入れ替わります。表面を覆う上皮細胞が次々と脱落し、新しい細胞が補充される。これは一生、休まず続きます。

その補充を担っているのが、腸の内壁の「くぼみ(crypt)」の底にいる腸管幹細胞です。

幹細胞の「幹」は、樹木の幹を意味します。英語の stem cell も同じ発想で、stem はもともと古英語の stemn に由来し、「木の幹」「船の竜骨」——あらゆる分岐が生まれる構造的な中心——を意味していました。

幹から枝が生まれるように、ISCからあらゆる腸の細胞が生まれます。粘液を産生するゴブレット細胞も、消化酵素を出すパネート細胞も、栄養を吸収する腸上皮細胞も、すべてISCが「増殖→分化」のサイクルを回すことで供給されています。


ISCは自分でケトン体を作る

2019年のCell論文の最初の発見は、予想外のものでした。

ISCは、HMGCS2という酵素を高く発現しています。これはケトン体合成の律速酵素——ケトン体を作るペースを決める制御点——です。

一般に「ケトン体は肝臓が作る」と理解されています。それは正しい。しかし腸管幹細胞は、肝臓とは独立して、自分自身でβ-hydroxybutyrate(βOHB)を産生していることが示されました。

幹細胞が自律的にケトン体を作る。これが第一の発見です。


βOHBがHDACを阻害し、Notchを開く

なぜISCがケトン体を作るのか。それは、ケトン体が単なるエネルギー源ではないからです。

βOHBは、HDAC(histone deacetylase、ヒストン脱アセチル化酵素)を阻害します。

少し立ち止まります。DNAは、ヒストンというタンパク質のスプールに巻きついています。ヒストンの端にアセチル基が付いているとき、DNAの巻きが緩み、遺伝子の読み取りが起きやすくなります。HDACはこのアセチル基を取り除き、巻きをきつくします。

βOHBがHDACを阻害すると、ヒストンのアセチル化状態が維持されます。するとNotchシグナルの標的遺伝子の読み取りが促進され、Notch signaling(ノッチシグナリング)が活性化されます。

Notchは、ISCの自己複製を維持し、分化を抑制するシグナルです。Notchが入っている間、ISCは「まだ幹細胞でいろ」という命令を受け取り続けます。Notchが弱まると、ISCは早期に分化を始め、パネート細胞など特定の細胞タイプへと一方向に向かいます。

まとめると:

βOHB → HDAC阻害 → ヒストンアセチル化維持 → Notch活性化 → ISC自己複製維持

これが「ケトン体がISCを守る回路」の正体です。


糖が回路を止める

では、ブドウ糖はこの回路に何をするのか。

研究では、13%のブドウ糖水を4週間飲み続けたマウスで次のことが確認されました。まず、HMGCS2の発現が低下し、腸内のβOHBが枯渇します。βOHBが消えるとHDAC阻害が失われ、Notch標的遺伝子のアセチル化が下がり、Notchシグナルが弱まります。ISCは自己複製の維持が難しくなり、早期分化が増えます。

その結果、ISCの数は3分の1まで低下し、腸に障害を与えた後の再生能力は半分以下になりました。

糖は腸を直接傷つけるのではありません。インスリンシグナルを通じてHMGCS2の発現を抑えることで、ケトン体産生を止め、ISCの自己複製回路を閉じます。結果として、腸の更新が遅くなります。


ケトジェニック食が示すこと

逆の実験も行われました。

ケトジェニック食(脂質80%・タンパク質15%・糖質5%)を与えたマウスでは、腸内のβOHBが6.8倍に上昇し、Notch活性が2倍になりました。ISCの数は増加し、放射線照射後の腸の再生は大幅に速くなっています。

また、全身のケトン体産生を失わせたマウスにケトジェニック食を与えると、腸のβOHBは検出されず、再生能力も回復しませんでした。一方、腸特異的にHMGCS2を欠損させ全身ケトン体は残したマウスでは、循環βOHBが腸に届くことで部分的な保護が見られました。

ISCが自律的に産生するβOHBと、肝臓由来の循環βOHBの両方が、腸の更新回路に寄与しています。


断食中の腸には、二つの更新回路がある

この論文はアッカーマンシア菌について言及していません。しかし、二つの研究を並べて読むと、断食中の腸で起きていることの全体像が見えてきます。

断食または低糖質食の状態になると、腸の外側と内側で、それぞれ独立した更新回路が動き始めます。

腸の外側(管腔側)では、アッカーマンシア菌が増殖し、粘液層(ムチン)を分解します。腸はそれを補充のシグナルとして受け取り、ゴブレット細胞がムチンをより多く産生します。粘液層が厚くなり、腸のバリアが強化されます。

腸の内側(クリプト)では、βOHBが上昇し、HDAC阻害を通じてNotchシグナルが活性化されます。ISCの自己複製が維持され、上皮細胞の更新が続きます。

一方は微生物による外側からのバリア再構築。もう一方は幹細胞による内側からの上皮更新。二つは独立して作動しながら、同じ方向を向いています。

腸が「食べない時間」を必要とするのは、このためかもしれません。


参考文献

  • Cheng CW, Biton M, Haber AL, et al. Ketone Body Signaling Mediates Intestinal Stem Cell Homeostasis and Adaptation to Diet. Cell. 2019;178(5):1115–1131. doi:10.1016/j.cell.2019.07.048
  • Rangan P, Choi I, Wei M, et al. Fasting-mimicking diet modulates microbiota and promotes intestinal regeneration to reduce inflammatory bowel disease pathology. Cell Rep. 2019;26:2704–2719.
  • Derrien M, Belzer C, de Vos WM. Akkermansia muciniphila and its role in regulating host functions. Microb Pathog. 2017;106:171–181.

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