離乳食について聞かれるとき、質問はたいてい二つです。
いつから始めるか。
1日に何回にするか。
どちらも、始め方をたずねる問いです。
けれど、厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」が離乳をどう定義しているかを読むと、順番が入れ替わります。
このガイドは2019年3月に改定されたもので、離乳の支援について書かれた章は、29頁のこの一文から始まります。
「離乳とは、成長に伴い、母乳又は育児用ミルク等の乳汁だけでは不足してくるエネルギーや栄養素を補完するために、乳汁から幼児食に移行する過程」1
不足してくるものを補完する。
これが定義です。
つまり、時期や回数を決める前に、何が不足してくるのかが決まっていなければ、この定義は動きません。
生後半年の赤ちゃんの体で、最初に足りなくなるもの。
それは、エネルギーではありませんでした。
鉄です。
赤ちゃんは、鉄を持って生まれてくる
胎児は、妊娠後期に、母体から鉄を受け取ります。
受け渡しの速さは、胎児の体重1kgあたり1日およそ1.6〜2.0mgと報告されています2。
この数字は、胎児期と新生児期の鉄代謝をまとめた総説に整理されているもので、もとは個別の測定研究から引かれた値です。
受け取った鉄の多くは、その場で赤血球のヘモグロビンになります。
残りは、肝臓に、フェリチンというたんぱく質の内側に納められた形で蓄えられます。
これが貯蔵鉄 (storage iron) です。
赤ちゃんは、この蓄えを持って生まれてきます。
生後しばらくのあいだ、体が使う鉄は、口から入ったものではなく、この肝臓の蓄えから出ていきます。
そして蓄えは、生後4か月から半年ほどのあいだに、底に近づきます。
満期で生まれた児では貯蔵鉄がこの時期にほぼ尽き、以後は食事からの鉄が必要になる、という整理は、米国小児科学会の栄養委員会が2010年に出した臨床報告に置かれています3。
体重が倍になり、血液の量が増えていく時期です。
出ていく速さは、生まれた日から決まっていました。
ただし、底に近づく時期には、子どもごとにかなりの幅があります。
出生体重が小さいほど、持って生まれた蓄えは少なくなります。
成長が速いほど、蓄えは早く減ります。
臍帯(へその緒)を止めるタイミングも効いていて、欧州小児消化器肝臓栄養学会の栄養委員会は、結紮を遅らせることが乳児期の鉄欠乏のリスクを下げると述べています3。
同じ委員会は、正常な出生体重で健康に育っている乳幼児に、一律の鉄補充を支持する十分な根拠はない、とも書いています。
ですから、ここで言えるのは、半年前後で蓄えが細くなるという時間の目安までです。
何か月の誰に何をどれだけ足すか、という処方ではありません。
母乳の鉄は、少なく、そしてよく吸われる
母乳に含まれる鉄の濃度は、1リットルあたりおよそ0.3から0.5mg。
数字だけを見れば、少ない。
ただし、吸収率が違います。
1977年に報告された研究では、生後6〜7か月の乳児に、外から印をつけた鉄を混ぜた母乳を与えています。
そして、体の中にどれだけ残ったかを、全身の計測と血清フェリチンで追いかけました。
母乳からの鉄は、平均でおよそ49パーセントが吸収されていました4。
同じ方法で報告されている牛乳からの吸収は、およそ10パーセントです。
濃度が低く、吸収率が高い。
この組み合わせが体の中で実際に何を意味していたのかを、2024年になって、安定同位体を使った研究が測っています。
やり方はこうです。
妊娠中の母親に、質量の違う鉄、つまり安定同位体を投与します。
その鉄は赤ちゃんへ渡り、生まれたあとは、食事から入ってくる普通の鉄によって少しずつ薄まっていきます。
薄まる速さから、赤ちゃんが食事の鉄をどれだけ吸収し、体内の鉄が増えたか減ったかを、生後6か月まで推定しています。
母乳栄養児が1日に口にした鉄は0.27mg、吸収したのは0.128mgでした。
そしてこの期間、体内の鉄の総量は、ほとんど増えていません。
同じ研究で比べられた人工乳栄養児では、摂取が1日11.19mg、吸収が0.457mgで、体内の鉄は増えていました5。
つまり、生後半年のあいだ、赤ちゃんは、母乳から入ってくる鉄で回っていたのではありませんでした。
生まれる前に受け取った蓄えを取り崩しながら、育っていました。
これは、母乳が足りないという話ではありません。
順番として、そう組まれています。
妊娠後期にまとめて渡し、生後半年はその蓄えで走り、走り終わる頃に食べ物が始まる。
離乳食は、ちょうどその地点に置かれているのですね。
「補完食」という言葉が、もともと言っていたこと
ガイドの29頁には、脚注13として一行だけ、こう書かれています。
WHOでは「Complementary Feeding」といい、いわゆる「補完食」と訳されることがある、と5。
英語で complement という言葉は、後期ラテン語の complementum「満たすもの、完成させるもの」に由来します。
その動詞形が complere で、com-(強めの接頭辞)と plere「満たす」からできています。
さらに遡ると、印欧祖語の *pele-「満たす」に行き着き、plenty(豊富)や full(いっぱいの)と同じ根に連なります。
英語に入ったのは14世紀の後半で、古フランス語の compliement を経由しています6。
つまり complementary feeding とは、もともと「足していく食事」でも「噛む練習の食事」でもなく、空いたところを満たす食事、という意味の言葉でした。
満たすには、何が空いたのかが分かっていなければなりません。
空いていたのは、肝臓の鉄でした。
日本の指針は、鉄について何と書いているか
「授乳・離乳の支援ガイド」は、2019年に改定されています。
離乳の開始については、30頁にこう書かれています。
「離乳の開始とは、なめらかにすりつぶした状態の食物を初めて与えた時をいう。(中略)その時期は生後5〜6か月頃が適当である」
開始時期の目安としては、首のすわりがしっかりして寝返りができること、5秒以上座れること、スプーンなどを口に入れても舌で押し出すことが少なくなること(哺乳反射の減弱)、食べ物に興味を示すこと、が挙げられています6。
ここまでは、いつ・どう始めるかの話です。
鉄が出てくるのは、32頁の「食品の種類と調理」という項目の中でした。
「母乳育児の場合、生後6か月の時点で、ヘモグロビン濃度が低く、鉄欠乏を生じやすいとの報告がある。また、ビタミンD欠乏の指摘もあることから、母乳育児を行っている場合は、適切な時期に離乳を開始し、鉄やビタミンDの供給源となる食品を積極的に摂取するなど、進行を踏まえてそれらの食品を意識的に取り入れることが重要である」6
この「報告がある」の中身は、日本の乳児を対象にした研究です。
2011年に報告されたもので、栄養方法の違いによって血液所見と血清脂質にどのような差が出るかを調べています。
生後6か月の時点で、母乳の摂取量が多い児ほどヘモグロビン値が低い傾向がみられ、著者らは、日本の母乳栄養児は6か月で貧血になりやすいと結論しています7。
この論文は、ガイド改定の検討過程で、鉄に関する記述の根拠として挙げられているものです。
指針は、正しく書いています。
私が重ねたいのは、並べ方の層です。
指針の順番では、時期が先にあり、鉄はその先の配慮事項として現れます。
栄養学の側から並べ直すと、順番が入れ替わります。
鉄が足りなくなる時期が先にあり、開始時期は、その必要が立ち上がる時期として決まる。
言っていることは同じです。
ただ、どちらを先に置くかで、一さじの中身に向く注意の量が変わります。
なお、実際の進め方 ―― 開始の日、食材の順序、量 ―― は、赤ちゃんの発育と発達をその場で見ている小児科医・かかりつけ医と決めるものです。
食物アレルギーと導入時期をめぐる話も、それだけで一本必要な主題なので、ここでは扱いません。
貧血として現れる前から
鉄欠乏は、まずヘモグロビンの低下、つまり貧血として測られます。
けれど、体の中で鉄が最初に足りなくなる場所は、赤血球ではありません。
米国小児科学会の2010年の臨床報告は、こう書いています。
乳幼児期の鉄欠乏性貧血と、貧血を伴わない鉄欠乏 (iron deficiency without anemia) の双方が、神経発達に長く続く有害な影響を持ちうるという懸念を、近年の基礎研究の結果が支持している、と8。
「懸念が支持されている」であって、「証明された」ではありません。
この分野を横断して整理したのは、2006年に出た総説です8。
そこには、次のことが併記されています。
げっ歯類のモデルでは、鉄が足りない時期の脳で、代謝、神経伝達物質、髄鞘の形成、遺伝子の発現が変わります。
ヒトでは、鉄欠乏性貧血のある乳児が、認知・運動・社会情動・神経生理の指標で低い値を示します。
そして、鉄を補う治療によって発達の転帰が一貫して改善するとは限らず、長期の差が観察される報告もあります。
より早い段階で補充を行った無作為化試験では、利益が示されています。
ヒトにおいて、鉄欠乏が発達の遅れを引き起こすという因果関係は、まだ確立していません。
補えば戻る、という保証もありません。
分かっているのは、ここまでです。
断定はできません。
それでも、この不確かさの向きは、待つ側ではなく、備える側に傾いています。
ヘム鉄と非ヘム鉄
では、何を足すのか。
食べ物の鉄は、二つに分かれます。
肉や魚の赤身に含まれる、ヘムという分子に抱えられた鉄。
そして、穀類・豆・野菜に含まれる、ヘムを持たない鉄です。
同じ一回の食事の中で、この二つがそれぞれどれだけ吸収されるかを、二種類の印をつけた鉄を使って別々に測った研究があります。
1974年に報告されたもので、対象は若い男性32名でした。
ヘム鉄はおよそ37パーセント、非ヘム鉄はおよそ5パーセントです9。
同じ皿の上で、7倍の差がついています。
ただし、この37パーセントと5パーセントは、成人の消化管で測られた数字です。
乳児で同じ比率になるかどうかは、この研究からは言えません。
乳児に持ち込めるのは、鉄の入り口が二種類あって、片方は条件に左右されにくい、という構造のほうです。
非ヘム鉄のほうは、まわりのものに左右されます。
ビタミンCと肉のたんぱく質が吸収を上げ、フィチン酸、ポリフェノール、カルシウムが下げます9。
ただし、この促進と阻害がはっきり出るのは、単一の食品で試したときです。
いくつもの食品が同時に胃に入る現実の食事では、一つひとつの因子の影響は、試験で見えるほど大きくはならないと指摘されています。
非ヘム鉄は条件しだいで動き、ヘム鉄はあまり動かない、ということです。
ガイドが挙げている食品も、この線に沿っています。
赤身の魚、肉、レバー、卵、大豆、貝類。
そして、牛乳を飲み物として与えるのは1歳を過ぎてからが望ましいと書かれていて、その理由として挙げられているのが、鉄欠乏性貧血の予防です9。
もう一つ、同じ方向を向いていることがあります。
鉄が多い食品は、たいてい亜鉛とたんぱく質も一緒に運んできます。
補完食に求められる栄養素密度がとくに高いのは鉄と亜鉛で、それは生後6〜12か月に際立つ、というのが、この分野で繰り返し指摘されてきたことでした10。
三つは、別々に足していくものではなく、同じ一口に乗ってきます。
回数より、密度
おかゆを1日1回から2回にしても、2回から3回にしても、一さじの中身が変わらなければ、鉄もたんぱく質もほとんど増えません。
補完食について国際的に検討されてきた結論も、同じ方向を向いています。
2003年にまとめられた検討では、食事の回数とエネルギー密度に求められる最低要件はむしろ引き下げられました。
その一方で、強化されていない補完食では、鉄・亜鉛・ビタミンB6の密度が不足しやすいままだ、とされています10。
この検討が対象にしたのは、開発途上国の食環境です。
食材の手に入りやすさが違うので、数字をそのまま日本に移すことはできません。
移せるのは、回数とエネルギーを増やしても鉄と亜鉛の密度は上がらない、という関係のほうです。
回数は、赤ちゃんの体が受け止められる範囲で、自然に増えていきます。
密度は、大人が選んだものだけで決まります。
一さじの中に、何が入っているか。
離乳食の最初の仕事は、そこにありました。
早く生まれた赤ちゃんでは、時計が前にずれる
鉄の受け渡しは妊娠後期に集中しているので、その途中で生まれた赤ちゃんは、蓄えが少ない状態から始まります。
満期で生まれた赤ちゃんでは乳児期の後半に起きることが、早産児では生後6か月のうちに起きうる、と整理されています11。
欧州小児消化器肝臓栄養学会の見解では、出生体重2000〜2500gの児に、体重1kgあたり1日1〜2mgの鉄補充が挙げられています。
また生後6か月からは、すべての乳幼児に、肉類または鉄を強化した食品を含む鉄の多い補完食が挙げられています11。
これは、欧州の食環境を前提にした見解です。
日本の食卓に同じ数字をそのまま持ってくる話ではなく、早く生まれた赤ちゃんでは時計が前にずれる、という向きを示すものとして読める内容です。
早産児・低出生体重児の進め方は、修正月齢(出産予定日を基準に数えた月齢)と体重の増え方を見ながら、必ず主治医と決めていくものです。
狩猟採集の時代に、鉄剤の処方はなかった
狩猟採集の時代に、鉄剤の処方はありませんでした。
鉄を強化した乳児用の粉も、離乳食のフレークもありません。
それでも、人類は続いてきました。
指針が答えてくれるのは、いま何が足りないか、までです。
なぜ足りなくなったのか、は別の問いで、これは時間軸を持ち込まないと立てられません。
狩猟採集の乳児に鉄欠乏がなかったという直接の証拠は、ありません。
古い人骨で貧血の指標として読まれてきた所見が、二つあります。
眼窩の天井に小さな孔が多数開く変化を cribra orbitalia、頭蓋の外板が厚くなって同じような孔が広がる変化を porotic hyperostosis といいます。
2014年に報告された南パタゴニアの研究では、狩猟採集民の人骨40体のうち、頭蓋の所見が40パーセント、眼窩の所見が7.5パーセントに見つかっています12。
海の資源に依存していた集団のほうが、陸の資源に依存していた集団より頻度が高い、という結果でした。
狩猟採集民は、この所見と無縁ではありませんでした。
さらに、この所見を鉄欠乏の証拠として読むこと自体が、2009年に見直されています。
鉄が足りないだけでは、骨の形が変わるほどの赤血球の産生を続けることはできない、というのがその指摘でした12。
溶血性貧血や巨赤芽球性貧血のほうが、説明として合う。
ですから、骨は「昔は鉄欠乏がなかった」とは言ってくれません。
言えるのは、ここまでです。
農耕と近代の慣行が、鉄の足りなくなる側へ、条件を動かした。
生まれた瞬間に、在庫が削られている
一つ目は、生まれた日に起きています。
出生の瞬間、赤ちゃんと胎盤をつなぐ循環の中にある血液は、全部が赤ちゃんの体の中にあるわけではありません。
かなりの部分が、まだ胎盤の側にあります。
臍帯の拍動が続いているあいだ、その血液は赤ちゃんの側へ移っていきます。
これを胎盤輸血 (placental transfusion) といいます。
量が測られています。
英国王立産科婦人科学会が2015年にまとめた見解によれば、満期で生まれた赤ちゃんに移る血液は80から100mLです。
胎児期の血液量は体重1kgあたり65から75mLで、成人と大きくは変わりません。
それが出生時にはおよそ90mL/kgまで増えるのですが、臍帯をすぐに止めると、この増える分が20から35パーセント削られます13。
米国産科婦人科学会は、生後1分までにおよそ80mL、3分までにおよそ100mLという数字を挙げています13。
鉄で測ると、どうなるか。
2006年に報告された無作為化試験があります。
メキシコシティの産科病院で、476組の母子を、臍帯を2分待って止める群と、10秒ほどで止める群に分けました。
2分待った群では、出生時の体内の鉄の総量が、およそ27から47mg多くなっていました14。
生後6か月の時点でも、血清フェリチンは50.7と34.4μg/Lで、差が残っています。
この27から47mgが、どれくらいの量なのか。
満期で在胎週数相当の体重で生まれた新生児の体内にある鉄の総量は、体重1kgあたりおよそ75mgと見積もられています。
そのうち10から15パーセントが、肝臓などに納められた貯蔵鉄です14。
体重3kgの赤ちゃんなら、鉄の総量が225mg前後、貯蔵鉄は22から34mgという勘定になります。
臍帯を止める時刻の違いだけで動く27から47mgは、その貯蔵鉄と同じくらいか、それより多い量です。
食料事情の良い国でも、同じ向きの結果が出ています。
2011年にスウェーデンで報告された無作為化試験では、満期産の400人を、180秒以上待つ群と、10秒以内に止める群に分けました。
生後4か月の血清フェリチンは117と81μg/L。
鉄欠乏と判定された児は、待った群で1人、すぐ止めた群で10人でした14。
では、なぜ早く止めるようになったのか。
即時の臍帯結紮は、分娩第3期の積極的管理 (active management of the third stage of labour) の一部として広まりました。
子宮収縮薬を投与し、臍帯を牽引して胎盤を出す。
分娩後の出血を減らすための手順で、臍帯をすぐに止めることは、その一続きの動作に組み込まれていました。
1940年代から1950年代にかけて、これが一般的な処置になっていきます14。
2015年の時点でも、欧州14か国1175施設を調べた調査では、3分の2が出生直後に臍帯を止めていました14。
ただし、同じ見解の中に、こうも書かれています。
臍帯を止める時刻は、出生時の出血量に大きな影響を与えているようには見えない14。
世界保健機関は2014年に、遅延臍帯結紮についての指針を出しました。
人工呼吸を必要としない満期産・早産の新生児では、出生後1分より早く臍帯を止めない。
強い推奨です14。
赤ちゃんが呼吸の補助を必要とする場合は、この限りではありません。
そこでは、臍帯を止めて蘇生に移ることが先に立ちます。
記事の前半で、欧州小児消化器肝臓栄養学会が、結紮を遅らせることは乳児期の鉄欠乏のリスクを下げると述べていることに触れました。
生まれた瞬間に在庫を削っておいて、半年後に鉄剤で埋めている。
順番が、逆です。
最初の一さじが、穀物になった
二つ目は、離乳食そのものです。
農耕が始まるまで、人類は狩猟と漁労と採集で食べていました。
2013年の総説は、農耕以前の人々が、野生の獣、魚、貝、昆虫といった動物性の食品を幅広く食べていたと整理しています14。
そして、人類史のほとんどの期間、乳児が口にしていたのは、母乳と、母親が噛み砕いた食べ物でした。
前咀嚼 (premastication) と呼ばれるこの習慣は、記録に残っています。
2010年に報告された民族誌の分析では、乳児の食について記述のある119の文化のうち38で、前咀嚼が確認されました15。
世界の8つの地域すべてに分布しています。
2025年に出た総説は、この分析で最も多く前咀嚼されていた食品は肉で、次が米、その他の穀類、硬い食品、木の実だったと整理しています15。
粥は、農耕がなければ作れません。
精白した穀物は、製粉の技術がなければ作れません。
最初の一さじが穀物になったのは、人類の歴史から見れば、ごく最近のことです。
密度で見ると、差が出ます。
先の2013年の総説は、農耕以前の食事の型で組んだ補完食の鉄の密度を、100kcalあたり2.9mgと見積もっています。
現代の、鉄を強化していない補完食では0.4から1.3mgです15。
同じ総説は、生後6〜8か月の母乳栄養児が補完食に求める鉄の密度は、成人男性の9倍にあたるとも書いています。
穀物には、もう一つ条件がついています。
穀類や豆を主にした補完食にはフィチン酸が多く、これが鉄と亜鉛を結びつけて、吸収を抑えます15。
2003年の研究では、水で溶いた小麦の粥からの鉄の吸収率は0.99パーセントでした。
酵素でフィチン酸を分解すると、11.54パーセントまで上がっています16。
ただし、これは成人で、一回の食事について測られた数字です。
同じ研究で、水ではなく牛乳で溶いた場合には、この上昇はほとんど消えました。
現実の食卓でこれだけの差がつく、という話ではありません。
エチオピアの小麦で測られた報告では、全粒粉の鉄が100gあたり2.95から4.15mg、白い小麦粉が2.51から3.35mgでした16。
2割から4割ほどの減りで、しばしば言われるほど劇的ではありません。
穀物の鉄が届きにくい理由は、精白よりも、それが非ヘム鉄であることと、フィチン酸に囲まれていることのほうにあります。
1873年から1998年までに公表された民族誌と人口統計の報告から、113の非工業化社会を集めた分析があります。
固形物が入るのは平均で生後5.0か月、母乳が続く期間は平均29.0か月でした16。
著者自身が、集団ごとのばらつきが大きく、データの制約も大きいと書いています。
開始の時期は、日本の指針が挙げている生後5〜6か月と、大きくはずれていません。
ずれているのは、一さじの中身のほうです。
指針は、正しく書いています。
鉄の供給源として挙げられている食品 ―― 赤身の魚、肉、レバー、卵、大豆、貝類 ―― は、前咀嚼で運ばれていたものと、ほとんど重なります。
私が足しているのは、その並びがなぜそう並ぶのか、という時間軸のほうです。
渡す側の在庫も、薄くなった
三つ目は、母体の側です。
記事の最初に書いたとおり、胎児は妊娠後期に母体から鉄を受け取ります。
渡す側の蓄えが薄ければ、渡る量にも影響が出るはずです。
まず、渡す側の条件です。
月経のたびに、血液とともに鉄が体の外へ出ていきます。
妊娠している期間と、長く授乳している期間は、月経が止まります。
生涯の月経回数を、実際に数えた研究があります。
1986年から1988年にかけて、マリのドゴンの村で、月経小屋に来る女性を毎晩記録し続けた研究で、736日分の記録が積み上がりました。
この集団の女性が一生のあいだに経験する月経は、中央値で109回、平均で128回と推定されています17。
一人の女性が産む子どもの数は、平均8.6人です。
妊娠と授乳で止まっている期間が、それだけ長い。
著者は比較のために、アメリカの女性では生涯400回程度が珍しくないと想定し、ドゴンの中央値はその約4分の1にあたると書いています。
ここは読み方に注意が要ります。
109回のほうは、736日の観察から積み上げた数字です。
400回のほうは、著者が比較のために置いた想定であって、測られた数字ではありません。
では、母体の鉄が薄いと、赤ちゃんの蓄えは減るのか。
ここが、いちばん確かでないところです。
65の研究をまとめた2020年の解析では、母親と新生児の鉄の指標は、弱くしか相関しませんでした。
フェリチンで見た相関係数は0.13です18。
胎盤は、母体の状態にかかわらず胎児へ鉄を送ろうとします。
ただし、その守りには限界があります。
中国の農村で3702組の母子を調べた2012年の研究では、母体の血清フェリチンが13.6μg/Lを下回るあたりに折れ点があり、それより低いと臍帯血のフェリチンが下がっていました18。
著者らは、母体の鉄欠乏が広く見られたにもかかわらず、母親が極度に鉄欠乏である場合を除けば、胎児の必要は満たされていたようだ、と結論しています。
2020年に出た機序の総説も、胎児はどんなときでも鉄を取れる「完全な寄生体」だという理解は誤りだと述べたうえで、母体の血清フェリチンが10μg/Lを下回ることが、胎児の鉄欠乏の危険を示す指標になったと報告しています18。
先に挙げたメキシコの試験でも、臍帯結紮を遅らせる効果は、鉄欠乏のある母親から生まれた児でより大きく出ていました18。
ここまでが、確認できたことです。
生涯の月経回数が増えたことが母体の鉄を薄くし、それが赤ちゃんの蓄えを減らしている ―― この一続きの因果を測った研究を、私は見つけられませんでした。
確からしいのは、両端だけです。
非工業化社会の女性の月経回数は、現代よりかなり少ない。
そして、母体の鉄が極度に薄いとき、赤ちゃんの蓄えは減る。
その二つをつなぐ線は、いまのところ私の推測です。
救えた命の分だけ、鉄が要る
四つ目は、条件ではありますが、矛盾ではありません。
前の節で書いたとおり、鉄の受け渡しは妊娠後期に集中しています。
その途中で生まれた赤ちゃんは、蓄えが少ないところから始まります。
早産児に鉄の補充が挙げられているのは、そのためです。
けれど、これを退行として書くことはできません。
かつては生き延びられなかった週数の赤ちゃんが、いま育っています。
鉄剤が必要になったのは、救えた命が増えたからです。
ここでの不足は、医療が作った失敗ではありません。
医療が進んだ結果、新しく引き受けることになった仕事です。
そして、埋める手段を用意したのも、同じ医療でした。
満たす、という言葉に戻る
離乳という日本語には、離れる、という字が入っています。
やめる方向を向いた言葉です。
けれど、同じ時期を指す英語は complementary feeding、満たす食事でした。
そして体の側で実際に起きていたのも、離れることではなく、肝臓の蓄えが空いた分を、外から埋め直すことでした。
減らす話ではありません。
足す話です。
赤ちゃんは、生まれる前に受け取った鉄を、半年かけて使い切ります。
使い切るというのは、うまくいっている証拠でもあります。
その半年で、体重は倍になり、血液は増え、脳は形を作っていきます。
そして半年後、最初の一さじが置かれる。
その一さじが何でできているかを、私たちも一緒に見ていけたらと思います。
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厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド」(2019年改定版)、「授乳・離乳の支援ガイド」改定に関する研究会、2019年3月、29頁・30頁・32頁。https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000496257.pdf ↩
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