「飽和脂肪酸は体に良くない」をなぜ信じてしまうのか (3) 根拠を評価する:エビデンスの強さ

資料2原文記事にはいくつか参照元リンクがありましたので見ていきます。

まずは、「ココナッツオイルは毒」としたKarin Michels のドイツでの講義のYouTube 動画です。この講義がその後のココナッツオイル批判の渦を起こしたのですから、エビデンス力は低くても、確認しておきたいですね。

しかし、この動画は現在削除されています。また、「Karin Michels Coconut Oil」でYouTube検索しても、当の講義動画 は出てきません。出てくるのはいかに彼女の主張が間違っているのかを指摘している第三者による 動画 のみです。

Michels氏は疫学調査の専門家であり脂質生理学の専門家ではありません。彼女の名前で検索して、何の専門としている人なのかを調べた人がどのくらいいるのでしょうか。

おそらく「ハーバード大助教授」というだけで彼女の口にする情報は何でも信用してしまう、という方も多いのではないかと思います(注:2020-10現在はUCLAの疫学部の学部長に転職しています) 。

主張者の所属団体名や肩書のブランドで、専門外分野の情報の確実性を判断してしまうという、ブランドバイアスは誰にでも起こりやすいでしょう。

人は専門外のことは疎いことは珍しくはありません。自分の間違いに気づいて、動画の削除を願い出たのではないでしょうか。いずれにせよ、騒動のきっかけとなった主張の張本人なのですから、いさぎよく「主張は間違っていた」と表明してくれればよいのですが。

しかし、専門外のことを「~だと思う」と述べてそれが間違ってたとしても、そのことを公に責められるのも筋違いだと思います。問題は、それを真に受けたメディアとそれを読んでる人達の情報リテラシーなのです。

動画が残っていたとしても、それは一研究者の口頭意見でしかありませんので、エビデンスとしては最低の力しかありません。

AHA 米国心臓協会からの意見報告書

日本語の翻訳文からは削除されていましたが、原文記事にはこの記事の根幹となっているエビデンスへの参照があります。

Dietary Fats and Cardiovascular Disease: A Presidential Advisory From the American Heart Association
食用油脂と心血管疾患: 米国心臓協会からの 学会意見報告

この報告では、飽和脂肪酸の摂取はLDLを上昇させ、心血管疾患リスクを上昇させる。また、飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸で置き換えることで、リスクを30%減らせる。と主張されています。

AHAは繰り返し同じ意見をこの70年間繰り返し主張し続けています。

しかし、近年は飽和脂肪酸は心血管疾患との関連性はないとするエビデンス力では最高レベルのシステマティックレビューやメタアナリシス研究が相次いでリリースされています。

このAHAのレビュー報告には致命的な欠陥がいくつもあり、そのことをまとめてみます。

  • チェリーピッキング(都合のよい論文を選ぶこと):4つのシステマティックレビューしか評価に含んでいませんでした。つまり、このレビュー報告からは高品質な最近の研究が除外されていました。これらが含まれていたら、結論は全く逆になっていたはずです。以下はその研究例です。
    • Minnesota Coronary Survey  約9千名の被検者の二重盲検 比較対象試験 。飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸に置き換えた食事はコレステロールを低下させたが、心疾患イベント、心疾患による死亡率、全原因死亡率には影響を与えなかった。
    • Sydney Heart Study 心血管疾患患者458名の二重盲検比較対象試験。 飽和脂肪酸を多価不飽和脂肪酸のリノール酸での置き換えは、全原因死亡率、心血管疾患及び冠状動脈疾患による死亡率を増加した。
    • Women’s Health Initiative 50-79歳の閉経後の48,835名が参加したランダム化比較試験。脂肪摂取の低下は心血管疾患、冠状動脈疾患リスクに影響を与えなかった。
  • 通常システマティックレビュー研究は10件程度の研究をレビューするのですが、僅か4件しか使っていませんでした。理由は、他に自らの主張を擁護する研究がみつからない、からです。
  • この報告において評価に使われた4つのシステマティックレビュー研究はなんと40~50年前のものです。(1968, 1969 , 1970 , 1979 )自らの主張をサポートする研究が昔のものしかないといっても、この古さは露骨すぎます。しかも、このうち2つはAHA発行の研究論文です。自分の論文を自らの主張の根拠に使う、というあきれた内容です。
  • LDL-CとLDL-Pの区別をしていません。LDL-CとはLDLの重量で、LDL-PとはLDLの粒子数です。心疾患リスクはLDL-Pと相関があるのですが、この報告書は心血管疾患と相関の少ないLDL-Cへの言及しかありません。LDL-Cが増えても心血管疾患リスクは上昇しないことは、脂質サイエンスのコミュニティでは常識です。

最初に結論ありきで、その結論を支持する論文しかレビュー分析に含まないようにしています。AHAはこのような科学的批判精神の欠如を多くの識者から批判されています。

AHAによる報告の1年後にイギリス医師会誌(BMJ)に 合同著者によりリリースされた代表的な反論記事を紹介しておきます。

ケンブリッジ大のDr. Nita Fohouri
オークランド研究所の Ronald Krauss, M.D
ジャーナリストのGary Taubes
ハーバード大公衆衛生学院教授のWalter Willett, M.D., .

Dietary fat and cardiometabolic health: evidence, controversies, and consensus for guidance

食事脂肪と心臓代謝の健康:エビデンス、論争、およびガイダンスのためのコンセンサス

さて、このセクションの結論は、 Michels氏の発現やAHAの報告書はエビデンスとして信頼できるものではなく、もっと高品質な研究を頼った方がよい、ということです。

(1) 複数の同じような主張を展開している記事を読み、問題を定義する
(2) 主張の根拠の有無を確認する
(3) 主張の根拠を評価する: エビデンスの強さ
(4) 誰が主張しているのかを調べる
(5) 迷ったら First Do No Harm 進化生物学的に考える
(6) 直近の研究のアップデート

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