1906年に発見されたアルツハイマー型認知症は110年経過した今でも医療的な解決法は存在しません。2000年以降、200以上のアルツハイマー治療薬が試験されましたが、いずれもこの進行性の認知症を止めることができません。
アメリカでは85歳以上の32%、年齢層人口の3分の1がアルツハイマーです。世界では5千万人で、20年ごとに倍増すると予想されています。その結果、今から3年後には世界の対認知症医療費が100兆円となると予測されています。
2/29日号のTIME誌は”Longivity”=「寿命」というテーマで特集が組まれていて、アルツハイマー関連の創薬についての記事がありました。
LM11A-31
スタンフォード大医学部神経科のFrank Longoが開発したLM11a-31はアルツハイマーの原因とされるアミロイドタンパクや炎症などから細胞死を妨げる効果を試験されています。すでに治験のフェーズ1が終わり、大きな副作用がなく安全であることが確認され、現在はフェーズ2にて効果の有無を試験されています。これまでの抗アルツハイマー薬は2つのアプローチから開発されていました。
アミロイドベータタンパク
アルツハイマーが進行すると必ず見られるのがアミロイドベータタンパク(Aβ)です。Aβが細胞死をプログラムされている仕組みに作用する信号を出すことで脳細胞の委縮を起こしていると考えられています。
神経細胞は相互に伝達物質の受け渡しを行いますが、これが上手くいかなくなった細胞は間違った信号の伝達を防ぐために、自動的に自己死するようにプログラムされています。
これまで、Aβを標的とした薬品はいくつか開発され、マウスによる試験ではその効果がみられるのですが、人間の脳では効果を再現できていません。また、アミロイドタンパクが除去できたとしても、記憶や認知機能の回復が起こりません。すでにアルツハイマーと診断される時期には、脳細胞の破壊が進んでおり、Aβを除去したとしても、症状の回復には至らないのです。
タウタンパク
タウタンパクはアミロイドベータの増加が起こった後のステージで発生し、脳細胞の変性をおこしていると仮説されています。現在ではアミロイドやタウタンパクの発生は高額な検査で発見できますが、かりにその存在が認められたとしても、それを取り除く薬はありません。
ニューロトロフィックファクターとP75受容体
ニューロトロフィックファクターは神経細胞のシナプスとニューロンへ様々な活動を行わせるための信号です。神経細胞に対して次のような作用を起こします。
- シナプスとニューロンの成長
- プルーニング(神経間のネットワークを形成(つなげたり切断したり)すること)
- ミエリン形成(電気信号が走る軸索-神経細胞の長い部分-に絶縁体を作ること)
- 神経細胞分化
- 細胞の生存と自己死
P75はこのうち変性と自己死に関わる受容体です。このP75はアミロイドベータから信号を受け取ると、14種の脳細胞の退行変性につながる信号を発信します。LM11A-31はp75受容体を標的とすることで、このうちの10種の信号をブロックすることで、アミロイドによる効果脳細胞の退化を防いでくれます。
脳細胞のダメージは不可逆的であるというのが定説ですが、Longoらのマウスを用いた研究によると、細胞の成長や回復がみられるということです。
現在のアルツハイマー治療薬
現在米国FDAにより認可されているアルツハイマー治療薬はCholinesterase inhibitors(CI: コリンエステラーゼ阻害剤)です。CI は神経伝達物質であるアセチルコリンの分解酵素であるコリンエステラーゼを阻害し、アルツハイマーでみられる減少しているアセチルコリン量を上昇させます。処方された方の約半数に半年から一年の症状の進行を抑える効果があります。
アセチルコリンの減少はアミロイドβの影響において下流の方で起こっていますので、P75を標的とした薬品は確かに神経化学の分野においてはブレークスルーであり、多くのアルツハイマー患者の福音となる可能性を秘めています。
アミロイドβタンパクの原因?
しかし、神経化学の分野だけではそもそも、どうしてアルツハイマーを引き起こすような信号を発信するアミロイドβタンパクが蓄積するのか、その根本問題に関してはほとんど議論がおきていません。
ここには「コレステロール悪玉説」と同じサイクルが繰り返されています。動脈硬化の方の血管を調べたら血栓からコレステロールが大量に検出された。だからコレステロールを減少させる薬で治すのだ。しかし、そもそも、どうしてコレステロールが血栓に含まれていたのかは、「代謝」の観点からでないとわかりません。
同様に、アルツハイマー患者の脳にはタウタンパクが、アミロイドβタンパクが蓄積がみられます。ですので、これらを減少させる薬で、もしくはこれらタンパクが神経細胞に及ぼす作用を抑えることで、アルツハイマーの症状が抑えられるのではないか、というアプローチで創薬がされています。
アルツハイマーは代謝異常から
多くの代謝異常からくる障害は自己治癒力によって解決していきますが、脳神経に関する認知症などの症状進行は不可逆性が強く、一度失ったもののほとんどを取り返せません。
アルツハイマーはエネルギー代謝の異常により起こりやすい病気であることは強い科学根拠が出ています。自らの代謝の方向性は食事により変化させることができます。
意識と肉体がしっかりとつながった状態で寿命を全うしたいですね。
枡田浩二
2015 Alzheimer’s Disease Facts and Figures
J Neurochem. 2006 Aug;98(3):654-60.
Biochem Biophys Res Commun. 2009 Dec 18;390(3):352-6. doi:
Nat Neurosci. 2002 Nov;5(11):1131-6.
PLoS One. 2014 Aug 25;9(8):e102136. doi:
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