老化は「消耗」ではなく「抑圧」だった — クロトーというタンパク質が教えてくれること

ギリシャ神話に、運命の三女神がいます。

一人目のクロトーは、命の糸を紡ぐ。二人目のラケシスは、その長さを測る。三人目のアトロポスは、糸を切る。

人間の一生は、この三人の手の中にある。古代ギリシャ人はそう信じていました。

1997年、日本の研究者・黒尾誠さんがある遺伝子を発見したとき、その名前としてクロトーを選びました。腎臓で作られる、これまで誰も知らなかったタンパク質でした。命名の理由は、まもなく意味を持つことになります。


欠けた途端に老化が始まった

研究のきっかけは、マウスでした。

クロトー遺伝子を欠損させたマウスは、通常より3〜4倍の速度で老化しました。生後数週間で、骨はもろくなり、皮膚はしわを寄せ、筋肉は衰え、動脈は硬くなった。まるで小さな体に、数十年分の老化が一気に押し込まれたかのようでした。

逆に、クロトーを過剰に発現させたマウスは、通常より20〜30%長く生きました。

つまりクロトーとは、老化の速度を決める鍵の一つです。腎臓で作られ、血液に分泌され、全身の臓器に「まだ若くあれ」と語りかけるタンパク質。女神の名前を与えられた理由が、分かる気がします。


老化は「消耗」ではない

ここで一つ、重要な問いを立てておきたいと思います。

クロトーは年齢とともに低下します。しかし、なぜ下がるのでしょうか。

単純に「使い古されるから」だと思っている方が多いかもしれません。機械が摩耗するように、体も少しずつ壊れていく。だから老化する。

実際は違います。

慢性的な炎症があると、炎症シグナル(NF-κBと呼ばれるものです)が、クロトー遺伝子を直接「沈黙」させます。高血圧も、同じ経路でクロトーを抑制します。塩分や加工食品が多い食事で増える高リン状態も、クロトーを下げる方向に働きます。

老化は、受け身の消耗ではなく、能動的な抑圧です。

何かが、クロトーの声を黙らせている。その「何か」の多くは、現代の生活習慣に潜んでいます。


もう一人の家族 — β-クロトーと断食の接点

クロトーには家族がいます。α-クロトー(老化の抑制軸)と、β-クロトー(代謝の調節軸)。

この二つは構造が似ていますが、担う仕事はまったく違います。

β-クロトーの仕事を理解するには、断食中の肝臓で何が起きているかを追うと分かりやすいです。

食事をしばらくやめると、肝臓はFGF21というホルモンを合成し始めます。「断食ホルモン」と呼んでもいいかもしれません。体に「脂肪を燃料として使え」と指示し、食欲を鎮め、血糖を安定させ、細胞の代謝を切り替える、指揮者のような存在です。

しかし、FGF21はひとりでは細胞の中に入れません。

β-クロトーが受容体として存在して初めて、このホルモンは機能できます。β-クロトーは「ゲート」です。断食のシグナルを受け取るための、扉。

加齢や肥満でβ-クロトーが減ると、FGF21が増えても細胞はそれを受け取れません。断食しているのに、体がその恩恵を受けられない状態です。これを研究者たちは「FGF21抵抗性」と呼びます。インスリン抵抗性と同じ構造の話です。


カロリーではなく、脂質が肝臓を通過すること

ここに、一つ面白いことがあります。

断食とケトジェニック食(糖質制限の高脂質食)は、まったく異なるアプローチに見えます。片方は「食べない」、もう片方は「脂肪をたくさん食べる」。

なのに、FGF21を増やすという点では、同じ方向に働きます。

なぜか。

肝臓にPPARαという脂質センサーがあります。脂肪酸が肝臓に届くと、これが起動して、FGF21の転写スイッチを入れます。

断食のとき、体は脂肪組織から脂肪酸を放出して肝臓に送ります。これがPPARαを起動させます。ケトジェニック食のときは、食事から届いた脂肪がそのまま肝臓のPPARαを起動させます。

つまり共通の変数は、「食べない」でも「脂肪をたくさん食べる」でもなく、脂質が肝臓を通過することです。エネルギー不足が直接の鍵ではない。炭水化物の多い低カロリー食では、インスリンが脂肪の放出を抑えるため、このルートが十分に起動しません。

断食とケトジェニック食が、代謝において似た作用を持つのはそのためです。


α-クロトーを守るために、今日できること

では、α-クロトー(老化の抑制軸)を守るために、私たちには何ができるのでしょう。

研究が最も一貫して示しているのは、運動です。有酸素運動でも筋力トレーニングでも、一回のセッションで血中のクロトーが上昇します。しかも慢性的な効果ではなく、急性の上昇です。体を動かした直後から、クロトーが増えている。

次に根拠が強いのが、ビタミンDの最適化です。ビタミンD受容体(VDR)は、クロトー遺伝子のプロモーター領域に直接結合して、その転写を促します。つまりビタミンDは、クロトーを「消されにくくする」方向に働きます。

三つ目は、慢性炎症の除去です。炎症シグナルがクロトーを抑圧するなら、炎症を減らすことはクロトーを守ることに直結します。オメガ3脂肪酸、ポリフェノールの豊富な食事、そして——少し意外かもしれませんが——ケトジェニック食のもつ抗炎症作用も、このルートでα-クロトーに間接的に貢献します。


命の糸を紡ぐのは、誰か

ここで冒頭に戻ります。

クロトーという名前は「命の糸を紡ぐ者」です。

しかし研究が教えてくれることは、その糸を紡ぐのが女神の手ではなく、私たちの日々の選択であるということです。

どう動くか。何を食べるか。肝臓に脂肪を届けるか、それとも糖を流し込み続けるか。慢性炎症を放置するか、どこかで断ち切るか。

老化は受け身ではありません。そしてそれは悲報ではなく、吉報です。

能動的に抑圧されているなら、能動的に守ることもできる。

クロトーの名前が示す運命は、固定されていない。


参考文献

  • Kuro-o M et al. (1997) Nature 390:45–51
  • Kurosu H et al. (2005) Science 309:1829–1833
  • Inagaki T et al. (2007) Cell Metabolism 5:415–425
  • Badman MK et al. (2007) Cell Metabolism 5:426–436
  • Potthoff MJ et al. (2009) Journal of Clinical Investigation 119:3039–3051
  • Owen BM et al. (2014) Cell Metabolism 19:871–882
  • Forster RE et al. (2011) Journal of Steroid Biochemistry and Molecular Biology 126:83–93
  • Amaro-Gahete FJ et al. (2019) Frontiers in Physiology 10:74

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