氷の艦隊が海を渡ったとき――ハインリッヒ・イベントが教える、気候が「めくれる」瞬間

深海の底に、細かな石ころが降り積もった層があります。

北大西洋の海底から抜き取った泥の柱――堆積物コアと呼ばれる、時間を輪切りにしたような試料――を調べていくと、ある深さで、明らかに周囲と違う層が現れます。

砂や粘土ではなく、角の立った岩のかけら。

海の真ん中の、生きものの殻がゆっくり降り積もるはずの場所に、なぜ大陸の岩石が混じっているのか。

答えは、氷でした。

氷山という運び屋

一九八八年、ドイツの海洋地質学者ハルトムート・ハインリッヒは、北大西洋の堆積物のなかに、岩片が異常に濃く含まれる層が、何度も繰り返し現れることに気づきました。

これらの層は、彼の名をとってハインリッヒ層と呼ばれ、その層をつくった出来事はハインリッヒ・イベントと名づけられました。

起きたのは、最終氷期のただなか。

今からおよそ六万年前から一万七千年前にかけての数万年のあいだに、この出来事は何度も繰り返されました。

仕組みは、こうです。

最終氷期、北アメリカ大陸はローレンタイド氷床という巨大な氷の毛布に覆われていました。

その縁が崩れ、無数の氷山が海へと押し出されていく。

氷山は、大陸を削りながら削り取った岩のかけらを腹に抱えたまま、北大西洋を漂っていきます。

やがて南の暖かい海で溶けると、抱えていた石を海底へ落とす。

海の真ん中に大陸の岩が降る、という奇妙な現象は、こうして起こりました。

英語で氷山を意味する iceberg という言葉は、オランダ語やノルウェー語の ijsbergisberg(原義)に由来し、もともと『氷の山』を意味していました。

海に浮かぶ孤独な塊ではなく、山が動いているのだと考えると、この現象の規模が少しだけ手ざわりを持ってきます。

文字どおり、山脈が海を渡っていったのです。

六回、海は白く埋め尽くされた

ハインリッヒ・イベントは、最終氷期のあいだにおおむね六回起きたと考えられています。

古いものから順にH6、H5……と数え、直近のH1へと近づいてきます。

年代でいえば、H6がおよそ六万年前、H1がおよそ一万七千年前。

数千年に一度のリズムで、北大西洋は氷山の艦隊に埋め尽くされました。

英語で艦隊を意味する armada という言葉は、ラテン語の armata(原義)に由来し、もともと『武装したもの』『動員された軍勢』を意味していました。

氷山の群れを「艦隊」と呼ぶのは、ただの比喩ではありません。

数百年から、長いときには二千年ものあいだ、海面を覆い尽くすほどの氷が、まるで動員された軍勢のように大西洋を南下していった――その規模を、この古い言葉はうまく言い当てています。

そして重要なのは、これらの出来事が、単独で起きた事故ではなかったということです。

ハインリッヒ・イベントは、ダンスガード・オシュガー・サイクルと呼ばれる、千年規模で気温が跳ねる大きな気候の振動の、いちばん寒い谷間に重なって現れます。

氷床と、海と、大気。

三つの巨大な系が連動しながら、地球の気候をぐらぐらと揺らしていた時代の、もっとも激しい局面が、ハインリッヒ・イベントだったのです。

なぜ氷は突然崩れたのか

では、なぜ氷床は周期的に崩れたのか。

ここには、まだ決着のついていない議論があります。

ひとつの説は、氷床そのものの内部に原因を求めます。

氷が積もり続けると、その重みと地熱で底面が溶けてぬめり、あるとき一気に滑り出す――「溜め込んでは、吐き出す」という自己崩壊のリズム。

英語ではこれを binge–purge、つまり『暴食と排出』と表現します。

もうひとつの説は、原因を海に求めます。

大西洋をめぐる巨大な海流――暖かい水を北へ運ぶ、あのベルトコンベアのような循環――の乱れが、氷床の縁を溶かし、崩壊の引き金を引いたのではないか。

氷が海を揺らしたのか、海が氷を崩したのか。

近年では、氷床内部で崩壊の準備が整い、そこに海流の変動が最後の一押しを加える、という統合的な見方も出てきていますが、どちらが主役かは、いまも研究者たちが問い続けています。

たしかなのは、原因がどちらであれ、地球の気候が数十年から数百年という、人間の一生に届くほどの速さで「めくれた」という事実です。

私たちの祖先が歩いた寒さ

この気候の激変は、遠い海の話では終わりませんでした。

ハインリッヒ・イベントのたびに、北半球は急激に冷え込み、ヨーロッパやアフリカ、アジアの各地で乾燥化が進みました。

森が縮み、草原が広がり、水場が遠ざかる。

そのたびに、そこに暮らしていた人類の祖先たちは、住む場所を追われ、移動を迫られたと考えられています。

たとえば四万年ほど前の寒冷期には、ヨーロッパのネアンデルタール人の集団が地域ごとに数を減らし、私たち現生人類がその空白へ広がっていった――そんな道筋が、少しずつ見えてきています。

もっとも、寒さが彼らを直接「滅ぼした」と言い切ることは、まだできません。

気候はあくまで舞台の背景であり、そこで誰がどう生き延びたかは、もっと多くの糸が絡み合った物語だからです。

それでも、私たちの祖先が、いま私たちが想像するよりずっと不安定な地球の上を、寒さと乾きに追われながら歩いてきたことは、まぎれもない事実です。

気候はめくれる、という記憶

ハインリッヒ・イベントが今日なお注目されるのは、それが「地球の気候は、ゆっくりとしか変わらない」という私たちの思い込みを崩すからです。

氷床と海と大気は、互いに手をつなぎ合っている。

だから、その手のどれか一本がほどけただけで、システム全体が思いがけない速さで別の状態へ滑り落ちることがある。

深海の泥に刻まれた石ころの層は、その記憶を、何万年ものあいだ黙って抱えてきました。

いま、この文章を読んでいるあなたの手のひらは、たぶん温かいはずです。

その温もりを支えているのは、大西洋を北へのぼる暖流であり、いまのところ穏やかに保たれている大気であり、崩れずにとどまっている遠い氷の山々です。

海底の石ころは、その均衡がかつて何度も破られたことを、静かに、しかし確かに、私たちに思い出させます。

自分の手のひらのぬくもりに触れながら、その均衡がどれほど繊細な糸の上に成り立っているのかを、少しだけ想像してみてください。

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