月末、帳簿を閉じるときのことです。
試算表のなかに、見慣れているのに、あらためて考えると不思議な一行があります。
未収利息。
まだ受け取っていない利息を、資産として記録する。
現金は一円も動いていないのに、そこにはお金が「ある」ことになっています。
暮らしのなかでは、お金は受け取った瞬間に生まれます。
財布に入って、はじめて自分のものになる。
それなのに会計は、受け取る前から、もう生まれているものとして数えます。
なぜでしょう。
その答えを、この仕組みを指す英語に探しにいきます。
accrue という言葉
未収利息の「発生」を、英語では accrue と言います。
発生主義会計は、accrual basis。
この accrue をさかのぼると、中世フランス語の acreue を経て、ラテン語の accrescere にたどり着きます。
accrescere は、ad(〜へ、〜に向かって)と crescere(育つ、伸びる)が合わさった言葉です。
つまり accrue の芯にあるのは、育つ、という一語でした。
利息とは、支払われるものである前に、育つものだったのです。
crescere という根は、驚くほど多くの言葉を実らせています。
夜ごとに膨らんでいく月、三日月は crescent。
その形をなぞったパン、croissant も同じ血筋です。
音がふくらんでいく crescendo。
増える increase、減る decrease。
一緒に育って固まる、con と crescere で concrete。
もう一度育て直す、re と crescere で recruit ―― 新しく加わる人は、組織にとっての新芽でした。
どれも、伸びる・育つ、という一つの動きから枝分かれしています。
会計という、いかにも無機質で、お金の出入りを冷たく数えるだけに見える営み。
その中心に、こんなに生き物めいた言葉が座っています。
そのことが、ずっと心に引っかかっていました。
収穫の日と、生長の日
引っかかりの正体は、たぶんこういうことです。
私たちが日常でお金を感じるのは、動いた瞬間だけです。
財布から出ていった。財布に入ってきた。
点のような出来事の連なりとして、お金を記憶しています。
けれど利息は、点では動いていません。
一年分の利息は、支払日に突然わいてくるわけではなく、その一年、毎日少しずつ育っています。
目には見えないミリ単位で、昨日より今日、今日より明日、と伸びている。
支払日というのは、その一年かけて育ったものを、まとめて刈り取る日にすぎません。
ここに、二つの記録の仕方が生まれます。
現金主義は、刈り取った日だけを書きとめます。
お金が動いた瞬間だけが真実だ、という立場です。
発生主義 ―― accrual ―― は、育っている日々のほうを書きとめます。
まだ刈り取っていなくても、育ったぶんは、もう起きたことだ、という立場です。
畑を思い浮かべると、どちらが本当のことを言っているか、見えてきます。
収穫の日だけを日記に書く農家は、その一年、畑で何が起きていたかを何も残せません。
豊作の年も不作の年も、収穫日の一行では区別がつかない。
毎日の生長を書きとめておくほうが、畑の本当の姿に近い。
会計が、お金という無機質なものにわざわざ「育つ」という言葉をあてがったのは、お金もまた、点ではなく、時間の中で連続して育つものだと知っていたからでした。
費用も同じです。
今月使った電気を、請求書が届く来月に記録したら、今月の商売の姿がゆがみます。
使ったぶんは、使った月に。
育ったぶんは、育った月に。
これを会計は、費用収益対応の原則と呼びます。
むずかしい名前ですが、していることは、収穫ではなく生長を見よう、というだけのことです。
育ってから、受け取るもの
そう思って見渡すと、accrue するのは利息だけではありません。
信頼も、技術も、関係も、みんな accrue します。
一日で建つのではなく、目に見えない毎日のうちに、少しずつ育っている。
誰かに感謝された日に、その人との関係ができたわけではありません。
関係は、感謝という支払日のずっと手前で、名もない無数の日々に育っていました。
支払日は、育っていたものが姿を現す日にすぎない。
現金主義で人生を眺めると、目に見える出来事の日しか残りません。
発生主義で眺めると、その間の、育っていた日々が見えてきます。
未収利息、という一行に戻ります。
まだ受け取っていない、と書いてあるのに、資産として、そこに「ある」。
矛盾しているようで、していません。
受け取っていないだけで、もう育っているからです。
ad と crescere が「〜へ向かって育つ」と教え、三日月と croissant が同じ形でそれをなぞり、未収利息の一日一日がそれを数字にし、費用収益対応の原則がそれを帳簿に刻む。
どれも、一つのことを言っています ―― お金は、受け取る日に生まれるのではなく、その前から、もう育っている。