1995年、糖尿病が「減った」一年 ―― グラフの谷が教えてくれること

米国の糖尿病の推移を描いた、有名なグラフがあります。
1958年から2015年まで、糖尿病と診断された人の数と割合が、右肩上がりに伸びていく一枚です。
坂道は、見ているこちらが少し苦しくなるほど、休みなく上っていきます。

ところが、その坂の途中——1995年から1996年のあたりに、小さな谷があります。
割合がすっと下がり、そして1997年に、今度は階段を一段飛ばすように跳ね上がる。

ある勉強会でこのグラフを囲んでいたときも、一人がその谷を指さして、こう言いました。
「この年、何か変動の理由があるのでしょうか?」と。
とても良い問いです。そして、その答えは、数字というものの読み方そのものを、問い直させてくれます。

はい。
1995年に人々の体で起きたことより、はるかに大きなことが、この前後に「机の上」で起きていました。

谷と段差の正体

一つは、このグラフのもとになった調査そのものが、1997年に大きく作り替えられたことです。
アメリカの糖尿病の統計は、国民健康聞き取り調査(National Health Interview Survey)という、人々に「あなたは糖尿病と言われたことがありますか」と尋ねる全国調査を土台にしています。
その質問の仕方や、対象の選び方が、1997年に刷新されました。
つまり、谷の前と跳ね上がったあとでは、そもそも人数を測る「ものさし」が違うのです。

もう一つは、もっと本質的です。
1997年、糖尿病と「呼ぶ」ための線が、引き直されました。
それまで、空腹時の血糖が140mg/dLを超えたら糖尿病、とされていた境目が、この年、126mg/dLへと下げられたのです。1
血糖が126から139のあいだにいた人たちは、前の日まで健康、次の日から糖尿病。
体の中では何も変わっていないのに、名前だけが変わりました。

あの「谷」そのものは、作り替えられる前の古い調査の、年ごとのわずかな揺れにすぎません。
すぐ隣に1997年の大きな段差が立ったために、実際より深く見えているだけです。

診断とは、線を引くこと

疫学の領域に、「症例定義(case definition)」という考え方があります。
誰を「その病気の人」として数えるかを決める、いわば線引きのルールです。
ある病気が「どれだけいるか」という数字は、いつでも、この線引きの下流にあります。
線を動かせば、体に指一本触れなくても、患者の数は動くのです。

診断という言葉そのものが、そのことを覚えています。
英語のdiagnosisは、ギリシャ語のdia(分けて)とgnosis(知る)に由来し、もともと「分けて知ること」を意味していました。
診断とは、健康と病を分ける一本の線を、こちら側とあちら側に引く行為だったのですね。
1997年に起きたのは、その線が126のところまで、少し手前に動いた、ということです。

それでも、山は本物である

ここまで読むと、あの跳ね上がりは「ただのからくり」に見えてくるかもしれません。
けれど、話はそこで終わりません。ここが、いちばん大事なところです。

線が動いたことで説明できるのは、1997年の「一段」だけです。
線を一度下げたのなら、数字はそこで一度跳ねて、あとは元の傾きに戻るはずです。
ところが実際には、その年を境に、坂そのものが急になりました。
なぜでしょう。

線を下げるとは、いわば網を浅いところに張り直すことです。
そしてちょうど同じ頃、社会全体の血糖は、上げ潮のように高いほうへ動いていました。肥満が増え続けたのです。
浅い場所に張り直された網は、たとえ潮の満ち引きが同じであっても、これまで以上に多くの人をすくい上げることになります。
さらに「予備群」という考え方が広まり、検査の網の目そのものも細かくなりました。
低くした線と、満ちてくる潮と、細かくなった網目——この三つが重なって、坂は急になったのです。

だから、急になったあの坂は、定義をいじった副作用ではありません。
むしろ逆です。低い線をくぐってもなお増え続けたという、潮そのものの強さを映しています。
線の高さは動かせても、潮の満ち引きまでは、線では止められないのですね。

つまりこのグラフは、二つのことを同時に語っています。
一つは、数字は線の引き方でいくらでも動く、という読み手への戒め。
もう一つは、それでもなお、この社会の代謝は確かに傾いてきた、という消せない事実。
谷と段差に気を取られて、山そのものを見失ってはいけない、ということです。

126は、あなたの血管が待ってくれる線ではない

ここから一つ、自分の体に持ち帰れることがあります。
126という境界線は、集団を数えるために引かれた一本の線であって、あなたの血管が待ってくれる線ではありません。
血糖がじわりと上がりはじめる場所は、その線のずっと手前にあります。
診断が始まる場所と、問題が始まる場所は、同じではないのです。

だから、「まだ126に届いていないから大丈夫」ではなく、
食後に血糖がどう動くか、朝の空腹時にどのあたりにいるか、その小さな傾きのほうを見ていく。
線が引かれるのを待つのではなく、線のずっと手前で、体の声を聞く。
グラフの谷が最後に教えてくれるのは、結局、そういう読み方なのだと思います。

出典:米国疾病予防管理センター(CDC)糖尿病サーベイランスシステム「Long-term Trends in Diabetes」。図とデータはCDC(https://www.cdc.gov/diabetes/data/)による。


  1. The Expert Committee on the Diagnosis and Classification of Diabetes Mellitus. Report of the Expert Committee on the Diagnosis and Classification of Diabetes Mellitus. Diabetes Care. 1997;20(7):1183-1197(PMID: 9203460)。https://diabetesjournals.org/care/article/20/7/1183/22301/ 

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