長い飛行機から降りた翌朝、外がまだ暗いうちに目が覚めます。
時計は3時を指している。
眠気もない。
体のほうは、置いてきたはずの土地の時間で、まだ回っています。
数日たてば、それは消えます。
消えるのは、ずれです。
体の中には、外の一日とは別に、それ自身の周期で回っているものがある――そのことが、ずれているあいだだけ、はっきり見えます。
名前の真ん中に入っている、但し書き
このリズムを、サーカディアン(circadian)といいます。
ラテン語の circa と diem からできた言葉です。
diem は、一日。
circa は「およそ」で、もとをたどれば「円、ひとまわり」――circle と同じ根を持っています。
ぐるりと一周して、だいたいそのあたりに戻ってくる、という語感です。
合わせて、およそ一日。
名前の真ん中に、「およそ」という但し書きが入っています。
そしてこれは、比喩ではありません。
外の光も、時計も、食事の時刻もない部屋に人が入り、体だけを回してもらうと、その周期は24時間11分あたりに落ち着きます1。
24時間ちょうどではない。
毎日11分ずつ、体は前へずれていきます。
恐竜が見ていた一日は、23時間30分だった
ここで、外側の一日のほうに目を移します。
地球の自転は、月に引かれてゆっくり遅くなり続けています。
いまも、100年におよそ1.8ミリ秒。
だから、昔の一日は短かった。
白亜紀の貝殻には、一日ごとの成長線が刻まれています。それを数えていくと、7000万年前の一年は372日あり、一日は23時間30分でした2。
恐竜が見ていた空は、いまより少しだけ速く回っていたことになります。
さらに遡ります。
14億年前の地層に残る天文周期のゆらぎからは、当時の一日が18時間40分ほどだったと読み取られています3。
生命の歴史の大半は、24時間の世界ではなく、19時間前後の世界で進んできました。
そうすると、ひとつの問いが立ちます。
体の中の「およそ」――あの11分は、短かった頃の地球の名残なのだろうか。
混ぜられた、二つの株
その答えを、シアノバクテリアの試験管に探しにいきます。
この藍色の細菌にも、時計があります。
研究者たちは、周期の長さが違う変異株をいくつも作りました。
22時間で回るもの、24時間で回るもの、30時間で回るもの。
それを混ぜて、同じ容器で育てます。
そして、外から与える明暗のリズムのほうを、22時間にしたり、24時間にしたり、30時間にしたりする。
結果は、毎回同じでした。
そのとき外で回っているリズムと、自分の周期が一致した株だけが、生き残る。
24時間の世界では24時間の株が、22時間の世界では22時間の株が、相手を押しのけていきます4。
周期は、化石として持ち越されるものではありませんでした。
毎世代、そのときの空に対して選び直されている。
19時間の地球で19時間の時計を持っていた生命は、日が延びるにつれて、押しのけられていったのです。
だから、あの11分は昔の地球の記憶ではありません。
むしろ方向が逆で、体の時計は24時間より長い側にずれています。
名残ならば、短くなければ辻褄が合いません。
時計は、繰り返し発明された
では、時計そのものは受け継がれてきたのでしょうか。
植物にも、菌にも、細菌にも、時計はあります。
ところが、その部品を並べてみると、界をまたいだところで互いに似ていません。
細菌の時計を作るタンパク質と、菌類の時計を作るタンパク質と、私たちの時計を作るタンパク質は、別の系統から出てきたものです5。
つまり時計は、一度発明されて分け合われたのではなく、別々の場所で、何度も作り直された。
それでいて、できあがったものは驚くほど似ています。
遅れて自分を止める折り返しの仕組み。
およそ24時間という周期。
光による位相のリセット。
そして――化学反応は温度が上がれば速くなるはずなのに、時計だけは、体温が変わっても周期がほとんど変わらない6。
保存されてきたのは、部品ではありませんでした。
合わせられる装置である、という設計のほうです。
引きずられて、揃う
その「合わせる」を指す言葉が、entrainment(同調)です。
フランス語の entraîner、さらにラテン語の trahere にさかのぼり、もとの意味は「引きずっていく」。
体の時計は、朝の光に毎日少し引きずられて、外の一日に揃えられています。
自分では11分先へ行ってしまうものを、光が引き戻す。
ここで、ずれが効いてきます。
周期が24時間ちょうどなら、毎日の補正量はゼロになり、光は反応のいちばん鈍いところで釣り合うことになります。
少しずれていれば、補正は反応の急なところで釣り合い、引き戻す力が強くなる。
そして季節が動いて日の出が遅くなれば、釣り合う位置もそのぶん動く――そのずれ方が、そのまま季節を測るものさしになります。
11分は、精度の不足ではありませんでした。
引き戻されるための、余白です。
朝、目が覚めたときに
私たちの体には、ひとつの時計があるのではありません。
肝臓には肝臓の、腸には腸の、脂肪細胞には脂肪細胞の時計があります。
そしてそれぞれが、別々の合図を聞いています。
脳の時計は、光を聞く。
内臓の時計は、最初の一口を聞く。
朝、目を開けて光を入れる。
そのあとで、最初の食事をとる。
この順番が保たれているあいだ、体じゅうの時計は同じ一日を回ります。
夜中に強い光を浴び、朝食を抜き、深夜に食べる。
そのとき何が起きているかというと、脳と内臓が、別々の日付を生きはじめるのです。
circa の「およそ」と、372日あった一年と、混ぜられた試験管の中の二つの株と、そして今朝の光とが、ひとつのことを教えてくれます。
体の時計は、正確であるために作られたのではありませんでした。
合わせられるために、少しだけ、ずれているのです。
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Czeisler CA, et al. Stability, precision, and near-24-hour period of the human circadian pacemaker. Science. 1999;284(5423):2177-2181. PMID: 10381883 ↩
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de Winter NJ, et al. Subdaily-Scale Chemical Variability in a Torreites sanchezi Rudist Shell: Implications for Rudist Paleobiology and the Cretaceous Day-Night Cycle. Paleoceanography and Paleoclimatology. 2020;35(2):e2019PA003723. ↩
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Meyers SR, Malinverno A. Proterozoic Milankovitch cycles and the history of the solar system. PNAS. 2018;115(25):6363-6368. PMID: 29866837 ↩
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Ouyang Y, Andersson CR, Kondo T, Golden SS, Johnson CH. Resonating circadian clocks enhance fitness in cyanobacteria. PNAS. 1998;95(15):8660-8664. PMID: 9671734 ↩
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Rosbash M. The implications of multiple circadian clock origins. PLoS Biology. 2009;7(3):e62. PMID: 19296723 ↩
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Pittendrigh CS. On temperature independence in the clock system controlling emergence time in insects. PNAS. 1954;40(10):1018-1029. PMID: 16589583 ↩