「末梢」⇔ “peripheral” ―― 肝臓は、脳と別の時刻を指せる

土曜の夜、私は遅くまで起きていました。
日曜は昼近くに起きて、朝食は抜きました。
その日はじめて何かを口に入れたのは、午後になってからです。
そのぶん夕食も遅くなり、寝る直前まで食べていました。

月曜の朝、体が重い。
海外から帰ってきた翌朝の、あの重さによく似ています。

けれど、どこにも行っていません。
家から出ていないし、時計を合わせ直してもいない。

ずれているのは、体の中です。
脳のほうは月曜の朝が来たことを知っているのに、肝臓のほうは、まだ日曜の夜の時間帯で動いている。
体の中に、数時間の時差ができています。

こういうことが起きるのは、体の時計がひとつではないからです。

二つの時刻が、同時に進む

夜行性のマウスは、暗いあいだに食べます。

そのマウスに、明るいあいだ――マウスにとっては眠っている時間帯――にだけ、餌を置きました。
部屋の明るさと暗さは、それまでと同じままです。
変えたのは、餌が出てくる時刻だけです。

二、三日で、肝臓の時計が動きました。
それまで夜に強く働いていた遺伝子が昼に強く働くようになり、昼と夜がほぼ入れ替わったのです1

一方、脳の時計は動きませんでした2
脳の時計は、目のすぐ奥にある視交叉上核という米粒ほどの神経の塊です。
ここは光だけを受け取っていて、光は何も変わっていなかったからです。

同じ一匹の体の中で、脳が指している時刻と、肝臓が指している時刻が、半日ずれたことになります。

ヒトでも、同じことが起きます。

実験室で、部屋の明るさも、寝る時刻も、体を動かす時間も、すべて一定にしたまま、食事の時刻だけを5時間遅らせました。
すると血糖のリズムは、およそ5時間半うしろへずれました。

脳の時計がいま何時を指しているかは、二つの目印で読めます。
夜にメラトニンが出はじめる時刻と、体温が下がりはじめる時刻です。
食事を5時間遅らせても、この二つは動きませんでした3

食事は、脳の時計を素通りして、内臓の時計だけを動かしていたことになります。

内的脱同調

体の中の時計どうしが食い違ったこの状態を、時間生物学では internal desynchrony(内的脱同調) と呼びます。
自分と外の世界がずれているのではありません。
自分の中の時計どうしが、ずれています。

実験室の外でも起きています。

夜勤に入った人の血液を調べると、多くの代謝物のリズムが半日近く動いていました。
一方で、脳の時計はほとんど動いていません4
頭は昼のつもりでいて、代謝のほうは夜のつもりでいる、という状態が続きます。

そのうえ、ずれは同じ速さでは戻りません。

体に与える時刻を6時間ずらして、そこから新しい時刻に揃っていく過程を、臓器ごとに追いかけた実験があります。
肝臓、肺、筋肉で、揃いきるまでにかかった日数が、それぞれ違いました5
戻っている数日のあいだ、臓器はそれぞれ違う時刻を指したままです。

master と peripheral という呼び名

脳の時計は master clock(主時計)、肝臓や腸の時計は peripheral clock(末梢時計) と呼ばれてきました。

master は、ラテン語の magister から来ています。
さらにさかのぼると magis、「より多く」です。
より多くを持つ者、という意味の言葉でした。

peripheral は、ギリシャ語の peri(まわり)と pherein(運ばれる)からできています。
まわりを運ばれていくもの、という意味です。

日本語も同じ構図です。
中枢と、末梢。
中心と、枝の先。

名づけた時点で、上下が決まっています。
中心が号令をかけ、まわりがそれを受け取って回る。
その並びのままでは、ここまでの実測は説明がつきません。
末梢が自分だけの時刻を持てるのなら、それはもう末梢ではないからです。

念のために確かめられたことがあります。
体じゅうの時計をすべて壊し、肝臓の時計だけを戻したマウスを作りました。
脳の時計もなく、ほかの臓器の時計もありません。
それでも肝臓は、自分ひとりで時を刻み続けました6

脳の時計が全身をそろえている、という部分は、いまも正しいままです。
それが失われれば、行動のリズムそのものが崩れます。

変わったのは、そろえているのは脳の時計だけだ、という部分です。

上下の関係ではなく、受け取っている合図が違う、というだけのことでした。
脳の時計は、目から入る光を受け取ります。
肝臓の時計は、その日の最初の一口を受け取ります。
二つの合図が同じ時刻を伝えているあいだ、体はひとつの時刻を指します。
合図が食い違えば、時刻も食い違います。

揃う機会が来ない時差

夜中に食べると、肝臓の時計だけが後ろへずれます。
脳の時計は光で合っているので、動きません。
その差は、翌日また同じ食べ方をすれば、また作られます。

飛行機で作った時差は、数日で揃います。
着いた先では、光も食事も同じ新しい時刻を伝えるので、脳の時計も肝臓の時計も同じ方向へ動くからです。

夜中に食べて作った時差が揃わないのは、光と食事が違う時刻を伝えつづけるからです。
毎晩それを繰り返しているかぎり、二つが同じ時刻を指す日は来ません。

だから、朝にできることは二つです。

目を開けて、光を入れる。
これで脳の時計が合います。

そのあとで、最初の一口を入れる。
これで肝臓と腸の時計が合います。

朝食を食べるかどうかよりも、その一口の時刻が毎日そろっているかどうかのほうが、内臓の時計には大きく効きます。
何時に食べはじめて、何時に食べ終わるか。
その二つが、内臓にとっての夜明けと日没にあたります。

時差は、国と国のあいだに起きるものだと思っていました。
半日ずれたマウスの肝臓と、動かなかったメラトニンと、まわりを運ばれるものという名前をつけられた時計とが、そうではないと言っています。

時差は、頭と腹のあいだにも起きます。


  1. Damiola F, Le Minh N, Preitner N, Kornmann B, Fleury-Olela F, Schibler U. Restricted feeding uncouples circadian oscillators in peripheral tissues from the central pacemaker in the suprachiasmatic nucleus. Genes & Development. 2000;14(23):2950-2961. PMID: 11114885 

  2. Stokkan KA, Yamazaki S, Tei H, Sakaki Y, Menaker M. Entrainment of the circadian clock in the liver by feeding. Science. 2001;291(5503):490-493. PMID: 11161204 

  3. Wehrens SMT, Christou S, Isherwood C, et al. Meal Timing Regulates the Human Circadian System. Current Biology. 2017;27(12):1768-1775.e3. PMID: 28578930 

  4. Skene DJ, Skornyakov E, Chowdhury NR, et al. Separation of circadian- and behavior-driven metabolite rhythms in humans provides a framework for understanding rotating shift work. PNAS. 2018;115(30):7825-7830. PMID: 29991600 

  5. Yamazaki S, Numano R, Abe M, et al. Resetting central and peripheral circadian oscillators in transgenic rats. Science. 2000;288(5466):682-685. PMID: 10784453 

  6. Koronowski KB, Kinouchi K, Welz PS, et al. Defining the Independence of the Liver Circadian Clock. Cell. 2019;177(6):1448-1462.e14. PMID: 31150621 

コメントする

CAPTCHA