NHKスペシャル 「食の起源」

人間の食の起源を探るという壮大なテーマ

11月25日のNHKスペシャルは「食事の起源」というテーマでした。

とても面白そうなテーマでしたので、録画してみてみたのですが・・・

番組制作の意図はわかりませんが、科学的に筋が通っているもの、そうでないものを都合よく組み合わせ、あらかじめ設定された主張にそって番組が編成されているように感じました。

視聴料を税金のように徴収し、国民に大きな影響を与えることが出来る国営放送が、健康や医療という国家の行方に関わるような番組を作る際には、その論拠も多方面から考察されるべきです。しかし、その考証もいい加減に行われているように思いました。

また、最も主張に対して中立であるべきメディアがこの調子であれば、自分の健康に関する方針をこのような番組に委ねている人達は、ある程度の知識武装をしていく必要性があると感じます。

科学を装い、人をミスリードする(誤解させる)方法

科学論文などを寄せ集めて、ある主張に沿うように番組を編成するのはそもそも可能なのでしょうか?

とても簡単です。

間違った説を相手に信じこませる一つの方法に、さも真実でありそうな「前提」に同意してもらうことがあります。

この番組で暗に提示されたのが

「 全ての植物 のデンプンの質は等しい」

という前提で、多くの方がこれに同意して、その後に続く主張を信じていきます。

しかし、この前提は間違っています。

その後に展開されていた主張は

「原始人はデンプンが多く含まれるドングリや地下茎を食べていた」という真実を持ち出し、

「デンプンを多く含むお米の消費は大切だ」

との印象を与えていました。

木の実はデンプンの他に、たんぱく質、脂質、食物繊維を豊富に含み、お米とは栄養密度が全く異なります。

地下茎もデンプン以外に、食物繊維やタンパク質、ビタミン、ミネラルなどお米とはくらべものにならないほどの栄養を含有しています。

また、火を使うようになり、デンプンを美味しく食べれるようになったことで脳が大きくなり、知能が高まったことで効率的に狩りが行われるようになった、と主張されていました。

これも、生理学的に矛盾しています。どれだけ糖を食べることができたとしても、カラダへの貯蓄は体格が大きい人でも肝臓に100g、筋肉に400gで、これ以上デンプンを食べることができたとしても、それは脂肪に変換されて貯蓄されます。

食事が摂れない日が数日でも続けば、この程度の糖の貯蓄はは1日で枯渇します。それ以降、脳の機能を支えるのは脂肪を分解して作られた代謝物であるケトン体です。

狩りはもちろんのこと、昆虫や爬虫類や両性類などの採集で得られる豊富な脂質を燃料として、脳で使ていくことに特化する事で人類は進化してきました。人間の脳は糖ではなく脂質で大きくなったのです。

また、数百万年前の人類の祖先の歯の化石からでんぷんが検出されたことをとりあげ、私たちの祖先はでんぷんを食べていた、だからお米を食べるべきだ、との印象を与えています。

私たちの祖先はもちろん、木の実や地下茎や芋を食べることででんぷんを得てきました。しかし、これは農耕によって作られた栄養密度が低い(ほぼ糖質しか含まない)お米を大量に食べることとは全く意味が異なります。

エビデンスレベルの低い観察研究しかつかえない

さて、この番組は

「低糖質な食事をすると死亡率が上昇する」

と、2つの問題のある研究を持ち出していました。

一つはシモンズ大のFung氏による研究、1つは昨年も話題になったランセット論文です。
Ann Intern Med. 2010 Sep 7; 153(5): 289–298.

The Lancet VOLUME 3, ISSUE 9, PE419-E428, SEPTEMBER 01, 2018

まず、この種の論文は単なる「観察研究」で「Aが起きた時にBも起きていた」とする相関関係しか主張できない、エビデンス力の低い研究です。

しかし、番組では明らかに「米を食べないと早死にする」ような因果の印象を与えていました。

因果を主張したかったら「介入研究」を使えば良いのです。長期的に死亡率を測る介入研究は難しいのですが、低糖質による24ヶ月の介入研究は多く存在します。

エビデンスのレベルが高い長期介入研究では、低糖質食が健康に及ぼす害を指摘できるものはほぼありません。

もう1つの問題は、この2つの研究で「低糖質」な食事、と紹介されていたのは、いわゆる現代で「ケトジェニック」や「低糖質」とされているお米など穀物の摂取を大幅に減らす食事とは違います。

シモンズ大の研究では糖質摂取量が最低のグループでも150-170gの糖質を摂っています。また、ランセット研究でも糖質摂取量が最低グループで 平均144g(1,588kcal x 37%)摂っています。

これは私たちが「低糖質食」としているものとは違います。低糖質食の大きな恩恵は150gから100g以下に落としていくことから得られます。150g程度の糖質摂取量では、「低糖質食」とは言えません。

しかし、番組では明らかにお米の摂取を避けている人達に対して警笛をならしていました。

その他にもこの手の論文の問題は沢山あります。以下に要点だけまとめます。

  • 交絡因子が適切に調整されていません。糖質礼讃社会で、より健康的な生活を送っている人は、この研究が対象としている期間は糖質をしっかり摂っています。このことは調査結果に大きな影響を与えます。
  • データは質問票で、しかも長期の食事動向を2,3回の質問票で収集しています。この種のデータ収集法は非常に信頼性が低いです。いったい誰が半年前にどのような食事をとっていたのかを覚えているでしょうか?一昨日何を食べたのかも覚えてないのに(笑)
  • 三大栄養素を判断する時は、それぞれの配分とともに、その内容も一緒に吟味する必要があります。糖質を摂ることは全く問題ありません。それがイモや地下茎や木の実やフルーツから来ており、原始人のようなライフスタイルを送っていれば慢性病など起こらないのです。ジャンクな低糖質食よりも高品質な高糖質食の方が良いに決まっています。
  • メタアナリシスやレビュー研究では、特に観察研究を扱う場合、どの研究を分析対象として選択するかで、結果は自由に操れます。

最後に表示された画像です。これを見せたかったために、私たちの1時間を無駄にしたのですね・・・

この画像の主張も間違っていません。しかし、それは特別な条件下にのみ正しく、おそらく日本人の数%しかその条件は満たしていないでしょう。

2件のコメント

  1. 浩二さん
    ありがとうございました
    まったく公共性の無いNHKになりさがりましたね。呆れるばかりです。

  2. 本当に呆れる放送でしたね!!
    明らかな意図が働いています。
    以前、同じNHKの番組で、人間の脳が発達したのは肉食になったからって言ってたような気がするのですが!?

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