妊婦に鉄剤は必要なのか?


妊娠中には鉄剤を処方されることがありますね。特に貧血と診断されると、鉄分がたりないと判断されるようです。
鉄は細胞の成長にはとても重要なミネラルです。足りないと母体も胎児も大変!ということで、積極的に鉄が奨められているようです。
妊娠時の貧血はとても多いですが、それは本当に鉄分摂取が不足しているからなのでしょうか?

鉄分摂取が十分でも血液が作られない

貧血は血液が十分に作られないと起こります。赤血球が十分に作られないのは鉄不足だけではなく、葉酸やビタミンB12、またはヘモグロビンの材料であるタンパク質摂取が十分でない時です。
たんぱく質が少ないと、鉄の隔離・貯蔵を行うフェリチンも十分に作れませんので、鉄の需要が増えた際に足りなくなることがあります。これは鉄分摂取が少ないことが原因ではなく単なるタンパク質不足です。

鉄分摂取が十分でも鉄を吸収できない

栄養のあるものを十分に食べていても肝臓や腸の炎症などで栄養吸収が十分でない時も貧血は起こります。これも鉄分摂取不足が原因ではなく、炎症を起こしているライフスタイルや炎症を起こす食べ物が原因です。
鉄分の摂取不足が原因ではないのに、鉄を摂れとはどういうことでしょうか?米国では妊娠時のフェリチンが30 ng/ml以下であれば1日80 mgの鉄を、30 ng~70 ng/mlであれば40 mgの鉄を勧められます。日本ではフェリチンの検査もなく貧血だったら即鉄剤なんてこともあるのでしょうか?
血清鉄やフェリチンレベルが極端に低いのであれば、正常値まで上昇するまでたんぱく質摂取とともにサプリで鉄分を補うのは一つの選択肢です。
選択肢、というのは摂取するかどうかはしっかり考えた方がよいということです。

ヒトは妊娠初期はあえて鉄を吸収しない

人間の鉄吸収率は妊娠中のタイミングによって大きく上下します。
第二トライメスターでは鉄吸収が通常の5倍、第三トライメスターでは通常の9倍にまで高まります(1)。
これは成長する胎児の代謝に使うため、そして出産時の出血にそなえているためです。
ところが、第一トライメスターでは通常の20%しか鉄吸収が行われません。
特に8週間目までの器官形成期は、細胞が分化してそれぞれの臓器になる細胞ができる時期で、この時期は母体はあえて鉄を吸収しないようになっています。
なぜ器官形成期に鉄吸収が低下するのかは明らかではありませんが、これは奇形が起きやすい胎児の器官形成に鉄が酸化ストレスを与えないようにすることが目的だという仮説があり、僕はそれを支持しています。いずれにせよ、自然な状態で鉄分吸収を抑制している中、あえて鉄剤を与えるということには違和感を感じています。
また、最近では鉄摂取と様々な慢性病の関係が動物試験や疫学調査で明らかになってきています。妊娠糖尿病も一因はフェリチンが高いことにあるという強力な仮説があります(2)。今世紀に入ってすぐに鉄代謝の中心的存在であるヘプシジンというホルモンが発見され、この後、2型糖尿病を中心とする代謝障害と強い関連が明らかになっており、鉄と代謝に関する研究は比較的新しいと言えるでしょう(3)。

鉄剤を摂る前にフェリチン値は調べておく

妊娠時にフェリチンが40/ng/mlあれば鉄剤は摂らなくても良いと考えます。僕は35ng/mlあれば全く心配しません。

最も大切なのは、妊娠する最低でも半年前、遅くとも3か月前から、お肉、卵、野菜をベースに栄養をしっかり取っておき、鉄分は自然な食べ物から蓄えておくことです。
といっても、いつ妊娠するのかは正確に計画することができないのですから、「今」から正しい食事をしないいけないよ、ということですね。
最後に鉄と糖尿病の関係を扱った論文から鉄摂取やフェリチン値により糖尿病リスクが何倍になるのかを示したチャートです(4)。鉄が危険だよ、という話は女性より男性にしないといけないのですよね。生理によって排出する手段を持たないのですから。フェリチン値が高い男性は糖尿病(5倍)だけでなく、心疾患、がん、認知症、あらゆる慢性病のリスクは高くなります。
iron_chart
「フェリチンは高いほうがよい」という単純な思い込みではなく、「血液さえ十分に作られていれば、フェリチンは少ない方が酸化ストレスが起こらない」うことが常識となれば、この世に溢れる慢性病もぐっと少なくなるはずです。
  1. BMJ. 1994 Jul 9; 309(6947): 79–82.
  2. Am J Clin Nutr. 2017 Dec; 106(Suppl 6): 1672S–1680S.
  3. Diabetes Care 2015 Nov; 38(11): 2169-2176
  4. Cell Metab. Author manuscript; available in PMC 2014 Mar 5.
カテゴリー: 栄養, 食事と身体

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