多発性硬化症 (MS) は現在治療法が存在しない難病です。しかし、近年ミトコンドリア機能の不全とMSの関与が指摘されており、ケトジェニックダイエットによるミトコンドリア機能の改善のMS治療への応用の可能性について言及した最近の研究についてまとめます。
これまでのMSは脳関門バリアを通過した自己免疫による神経への攻撃が原因と考えられてきました。しかし、実際は脳神経の炎症や変性が免疫反応を引き起こしている主張も増えています(1)。
これまでの臨床エビデンスによると神経変性が炎症が起こていなくていてもMSは起こることもあありました。同様にミトコンドリア機能不全が炎症を起こしているというエビデンスも増えてきています。
MSの特徴の一つは神経軸索変性ですが、その原因とされている脱髄(軸索の鞘が破壊されること)も起きていることもあれば起きていないこともあります。しかし、MSにおける軸索変性はミトコンドリア機能の低下により大量のROS(活性酸素種)が発生していることがわかっています。
糖代謝機能低下における神経変性
神経変性においては糖代謝機能が低下しており、ATP=エネルギー通貨、の生産が低下していることが指摘されています(2) 。 しかし、ケトン代謝には同様の機能低下は観察されていません。
低下した糖代謝機能については、傷ついた軸索における糖代謝に重要なブドウ糖輸送体や モノカルボン酸輸送体 などの発現が低下していることからわかっています。
そこで、ブドウ糖に代わる燃料を供給することで、神経変性の速さを低下させることができる可能性が注目されています。
ケトン体による代謝
ケトジェニック食は、ミトコンドリア機能に活性酸素種のレベルを下げ、ATPの可用性を高めることで好ましい効果をもたらします。 ケトジェニック食は神経保護を促進し、炎症を軽減します。また生成されるケトン体はブドウ糖代謝障害が起こっている状況で代替燃料として利用されます。
ケトジェニック食は伝統的に抵抗性てんかんの治療に使用されてきましたが、より広範な神経疾患に適用される可能性があることが次々と明らかになってきています。てんかん領域外での使用に関する研究はまだ始まったばかりですが有望であり、特にミトコンドリア機能低下による神経変性の治療に大きな可能性を秘めています。
ケトジェニック食は、脱共役タンパク質への影響により、活性酸素種の生成を減らすことがわかっています。また、ヒストン脱アセチル化酵素に対する阻害作用とNrf2経路の活性化により、カタラーゼとグルタチオンを含む抗酸化酵素のレベルを増加させることで酸化を防ぎます。
MSの原因がミトコンドリアの糖代謝機能の低下だとすると、ケトジェニック食は大きな希望だと言えます。
MSにおける ケトジェニックダイエット研究はまだ多くはありませんが、以下、近年行われた研究についてまとめています。
「ケトジェニックダイエットとMS患者の腸内細菌」
Frontiers in Microbiologyで 2017年6月 に発表された研究では、ケトジェニックダイエットを6カ月続けた10名の腸内細菌を調べました。ケトジェニックダイエットの前に、研究者は実質的な発酵性微生物の濃度がMSを持つ人々の間で低いことを発見しました。ケトジェニックダイエットを6ヶ月間続けた後、彼らの腸内細菌組成は、研究における健康な対照群のそれと似ていました。
Front. Microbiol., 28 June 2017
「多発性硬化症のマウスモデルにおける炎症媒介性記憶機能障害およびケトン食の影響 」
EAEと呼ばれるマウスにおけるMSをもつウスの記憶障害と中枢神経系の炎症に対するケトジェニックダイエットの効果を調査しました。この研究では、ケトジェニック食が運動障害および記憶機能障害を抑制しました。
PLoS One. 2012; 7(5): e35476.
「再発寛解型MSにおけるケトン食療法のパイロット研究 」
Neurology で2019年7月に発表された研究では、修正版アトキンスダイエットと呼ばれるケトジェニックダイエットが多発性硬化症患者の疲労とうつを改善することがわかりました。シャーロットビルにあるバージニア大学における研究チームのリーダーで、神経学/小児科の助教授であるJ.ニコラス・ブレントン博士によると、食事はスタミナの改善にもつながり、減量と炎症性レプチンのレベルを低下しました。この研究は19名と小規模でしたが、ブレントン博士は、ケトダイエットは多発性硬化症患者にとって安全であり、食事療法中、参加者の誰一人として病態は悪化しませんでした。
また、この研究をフォローアップした論文ではケトジェニックダイエットの患者の体験や、体験者による利点を調査しました。18人の参加者のうち83%が食事療法のメリットとして減量を指摘し 、72%が疲労改善を 指摘し 、55%以上がより良い運動習慣を指摘し、50%がスタミナを 指摘し 、45%がMS症状の軽減を指摘し ました。参加者全員が、ケトダイエットを同僚に勧めるとしました。
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. 2019 Jul; 6(4): e565.
Neurology April 09, 2019; 92 (15 Supplement) MAY 7, 2019
「ケトジェニック食の満腹度への効果と多発性硬化症患者の筋肉改善と酸化状態への影響」
多発性硬化症の27人を対象に、ケトジェニックダイエットの満腹感への効果と、筋肉量および酸化レベルへの影響を調べました。酸化は細胞崩壊時に起こる通常のプロセスですが、過剰なレベルの酸化または酸化ストレスは炎症や組織損傷を引き起こす可能性があります。研究者らは、ケトジェニック食を4か月間続けると、昼食と夕食の前後に被験者の空腹感が減少し、さらに除脂肪体重の増加、脂肪量の減少、および酸化と炎症が低下することを示した。
Nutrients. 2019 May; 11(5): 1156.
(1) Mult Scler Int. 2015; 2015: 681289.
(2) Neurology. 1997 Jun;48(6):1566-71. ()Multiple Sclerosis International
(3 )Volume 2015, Article ID 681289, 9 pages