アステカの人々は、世界がすでに四度、滅んだと信じていました。
獣に、風に、火に、水に。
四つの太陽が、それぞれ異なる破局で終わり、私たちはいま、五番目の太陽の下に生きている。
そしてこの太陽も、いつか地震によって終わる――そう伝えられています。
以前、この物語そのものを別に書きました(「五つの太陽」の物語)。
また、神話は空想ではなく、実際に起きた出来事の記憶かもしれない、という見方についても書きました(神話という記憶装置)。
今回は、その二つを重ねてみます。
――もし五つの太陽が、ほんとうに起きた破局の記憶だとしたら。四つの滅びは、何と重なるのでしょう。
まず、二つの約束ごと
この手の話は、放っておくとすぐに「失われた超古代文明」の方へ滑り落ちます。
そうならないために、はじめに二つの約束をしておきます。
ひとつ。出来事の実在は、科学の文献で裏づけられたものだけを使う。
噴火や洪水や干ばつが「起きた」ことは、氷床コアや堆積物や年代測定が語る、確かめられた事実です。ここは動かしません。
ふたつ。それが神話の源だという対応づけは、あくまで解釈として示す。
出来事が起きたことと、その出来事を神話が覚えていることは、別のことです。前者は事実、後者は解釈。この二つを、混ぜないようにします。
もうひとつ、大事な物差しがあります。
記憶には、届く範囲があります。
文字を持たない人々が語り継げるのは、その祖先が実際に生き延び、見聞きしたことに限られます。
七万年前の噴火を、口伝えで覚えていることはできません。
だから私たちは、比較的近く、その土地で起きた破局を探します。この物差しが、話を空想から引き戻してくれます。
第一の太陽 ―― 闇と、巨人
第一の太陽は、巨人たちの世界でした。
それは闇のなかから現れたジャガーの群れに食い尽くされて終わった、と伝えられます。
闇。
西暦536年から数年のあいだ、北半球はほんとうに暗くなりました。
太陽がかすみ、夏が来ず、作物が枯れた――同時代の記録がそう語り、樹木年輪もそれを裏づけます。1
長らく原因は「謎の噴火」とされてきましたが、2019年、その正体が特定されました。
中米エルサルバドルのイロパンゴ火山の巨大噴火です。100基を超える放射性炭素年代から、噴火は539年か540年、規模はマグニチュード7、中米では十万を超える死者を出したと見積もられています。1
巨人。
アステカの人々は、大地から途方もなく大きな骨を掘り当てていました。
それを、かつてこの地を歩いた巨人の遺骸だと考えたのです。
その骨は、いま私たちが知るとおり、氷河期を生きたマンモスやマストドンのものでした。2
闇に呑まれた巨人の世界。
空が暗くなった記憶と、大地から出る巨人の骨。
神話の像の下に、確かめられた二つの現実が、そのまま横たわっています。
第二の太陽 ―― 風、あるいは正直な空白
第二の太陽は、巨大な暴風に引き裂かれ、生き延びた者は猿に姿を変えたと伝えられます。
ここは、正直に書きます。
五つのなかで、これがいちばん、実在の一撃に結びつけにくい。
中央メキシコは颶風の通り道であり、古気候の研究は、激しい暴風の時期が幾度もあったことを示します。けれど、「世界を終わらせた一度の風」を、年代とともに名指すことはできません。
乾いた大地から人々が散っていった記憶が、風に託された、という読み方もできます。
けれど、それも推測です。
確かな一点を欠くところは、欠くと書いておく。
それが、二つ目の約束を守るということだと思います。
第三の太陽 ―― 空から降る火
第三の太陽には、水ではなく火の雨が降りました。
世界は燃え、人々は鳥になった、と伝えられます。
これは、五つのなかで最も生々しく、そして最も足もとで起きた破局です。
アステカの都があったメキシコ盆地の南で、シトレという火山が噴火しました。
溶岩と火山灰が、初期メソアメリカの大都市クイクイルコを、そのまま呑み込んだのです。
噴火は西暦三世紀ごろ、溶岩は70平方キロメートルを覆い、ピラミッドごと都市を葬りました。3
その溶岩原「ペドレガル」は、いまもメキシコシティの地面の下に、黒く固まって残っています。
空から降る火が、ひとつの都市を焼き埋めた。
それは比喩ではなく、彼ら自身の盆地で、実際に起きたことでした。
第四の太陽 ―― 沈む世界
第四の太陽は、大洪水に沈み、人類は魚へと姿を変えたと伝えられます。
アステカにとって、洪水は神話である前に、日常の恐怖でした。
彼らの都テノチティトランは、湖の上に築かれた都市です。
記録に残るだけでも、この街は幾度も水に沈みました。1449年の大洪水では、王ネサワルコヨトルが巨大な堤を築いて街を守ろうとしています。
水に飲まれる世界を、彼らは実際に生きていたのです。
その下には、もっと深い層もあるかもしれません。
氷河期の終わり、およそ一万四千年前、崩れた氷床が数百年で十数メートルもの海面上昇を引き起こしました。4
世界各地に散らばる大洪水の記憶――ノアの方舟、ギルガメシュの洪水、そして古事記が描く水の混沌――は、この地球規模の水没を、遠い共通の下地としているのかもしれません。
ただし、ここは解釈の度合いがぐっと上がります。近い記憶はテノチティトランの洪水、遠い響きが海面上昇。そう分けておきます。
第五の太陽 ―― 揺れる大地
第五の太陽は、私たちの時代です。
そしてこの世界は、地震によって終わると伝えられています。
未来の予言に見えて、これもまた、記憶に根ざしているのかもしれません。
中央アメリカは、コスプレートが沈み込み、モタグア断層が走る、地上でも指折りの地震地帯です。大地は、いまも実際に揺れつづけています。
そして五番目の太陽の物語が形になる少し前、この地で一つの大文明が崩れていました。
マヤです。
洞窟の石筍や湖底の堆積物は、9世紀のマヤが過去二千年で最も厳しい干ばつに見舞われていたことを示します。5
干ばつと飢えと、揺れる大地。崩れゆく都市の記憶が、トルテカを経てアステカへ伝わり、地震で終わる現在の世界の物語になった――そう考えられています(マヤの崩壊については別稿に書きました)。
何を言い、何を言わないか
並べ終えて、はじめの約束をもう一度確かめておきます。
私はここで、神話がこれらの出来事を証明するとは言っていません。
神話が歴史の記録そのものだ、とも言っていない。
言えるのは、二つのことだけです。
――これらの破局は、科学が実在を裏づけている。
――そしてその像は、五つの太陽の物語に、不思議なほどよく響く。
この二つを分けて見ること。それが、こじつけと発見を分ける一本の線です。
そして、第二の太陽の風のように、確かな一点を欠くところは、欠いたまま残しておく。
けれど分けたうえで、なお残るものがあります。
闇、風、火、水、揺れ。
四つの滅びは、遠い神々の空想ではなく、中央アメリカの人々が実際にくぐり抜けた、破局の連なりだったのかもしれない。
繰り返し空に暗くされ、大地に揺さぶられた人々が、その記憶を、忘れないように物語へと畳んだ。
五つの太陽とは、ひとつの民族が書き残した、いちばん古い被災の記録なのかもしれません。
※ この記事は続きものです。物語そのものは「五つの太陽」の物語へ、「神話は記憶かもしれない」という考え方は神話という記憶装置へ。
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536年前後の北半球の寒冷・暗化(「古代末期の小氷期」)は Büntgen et al., Nature Geoscience (2016) が樹木年輪から論じた。その主因となった巨大噴火をイロパンゴ火山(ティエラ・ブランカ・ホベン噴火、539/540年、マグニチュード7.0)と特定したのは Dull et al., “Radiocarbon and geologic evidence reveal Ilopango volcano as source of the colossal ‘mystery’ eruption of 539/40 CE,” Quaternary Science Reviews 222 (2019)。 ↩
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古代の人々が化石を巨人や怪物の骨と解釈した伝統については Adrienne Mayor, Fossil Legends of the First Americans (Princeton University Press, 2005) および The First Fossil Hunters (2000)。アステカを含む記録を扱う。 ↩
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Claus Siebe, “Age and archaeological implications of Xitle volcano, southwestern Basin of Mexico-City,” Journal of Volcanology and Geothermal Research 104 (2000)。シトレ噴火は西暦三世紀ごろ、クイクイルコ遺跡を溶岩が埋めた。 ↩
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氷河期末の急激な海面上昇「メルトウォーター・パルス1A」(約1万4600年前、数百年で14〜18mの上昇)は Deschamps et al., Nature 483 (2012)。テノチティトランの洪水(1449年ほか)は同時代のメシーカ史料による。 ↩
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古典期マヤ終末(9世紀)の激しい干ばつは Hodell, Curtis & Brenner, Nature 375 (1995)、Kennett et al., Science 338 (2012)、Medina-Elizalde & Rohling, Science 335 (2012)。モタグア断層の活動性は1976年グアテマラ地震(M7.5)に示される。 ↩