「このような記事にどう反論すればよいのか」という質問をいただきました。
質問を読んだ時は、「糖質制限が死亡率を上昇させる」ことは、研究の設計法によっては正しいこともあるので、最初から「反論」する意図はありませんでした。
2つの研究を論拠としてあげ、糖質制限は脂肪率を上げる、と主張している記事の一部のようです。
「都築准教授」の研究
まず「都築准教授」の研究について書いてみます。
早速論文を探したのですが、どうも学会で発表した研究内容のPRをメディアが以下のような記事にしたようです。論文検索でこの研究論文は見つかりませんでしたので、どなたか手に入れることができれば、是非読ませてください。
「糖質制限」で著名な江部 康二医師は「マウスと人間は違う」と反論しています。
糖質制限「老化説」が抱える根本的な大問題
マウス実験では「ヒトの健康」はわからない
マウスの研究に対する一番簡単な答えですね。これを言ってしまえば、どんなマウス研究もそれはマウスだからあてにならない、と言えば片付けることができます。
しかし、マウスは人間と同じようにとても代謝柔軟性の高い動物で、肉でも種子でもどんな食べ物でもエネルギーを作っていけます。
また、人間と同じように、糖質が多い食事では肥満になり、糖質と一緒に脂肪を与えてあげるともっと肥満になります。マウスの代謝や老化の仕組みは人間と同じです 。 (1)
江部医師は研究内容を入手して、あまりにも批判に値しない研究だったので、手っ取り早く、「マウスだから・・・」としたのかな、とも思ってしまいました。
人間の摂取カロリーになおして考える
この研究で気になったのは、低糖質高たんぱくグループのエネルギー摂取量をコントロールグループと同カロリーに設定していることです。
通常、低糖質食を行うと摂取カロリーは約20-30%低下します。低糖質食が食事量を減らすことは複数の研究によって証明されています。
これはタンパク質や脂質は満腹感を増加させるので、高糖質食と同等のカロリーを食べきれない、からです。
これを同カロリーで食べさせるとどうなるのかというと・・実際あなたが食べてみなさい、どれだけ苦しいか!と都築教授に申し上げたい(笑)。
「 糖質によるカロリーは2割に抑え、残りを乳たんぱくで補った。人間が3食全て主食を抜いた状態に相当する厳しい糖質制限だ 」
と、ありました。話を簡単にするために、人間に置き換えてみましょう。計算を簡単にするために、消費=摂取カロリーが2,000kcalあるとして・・・
2,000kcal x 20% = 400kcal = 100gの糖質、ですね。厳しくはないですが、軽い低糖質食です。
研究用マウスの標準餌の3大栄養素配分は、日本の栄養ガイドラインとほぼ同一です。(2)
糖質を総摂取エネルギーの60%から20%まで、40%減少させています。そしてその分をタンパク質で増やしていますね。
2,000kcal の40%は800kcalですね。つまり200gのタンパク質の増加ということです。
仮にタンパク質を餌なみに30%摂取していたとしても、150gのタンパク質です。
つまり、タンパク質摂取が倍以上に増えたわけですね。150g→350g
このたんぱく質量は、食事に換算すると一日750gのステーキを食べていればよかったのが、一気に1.75Kgのステーキを食べなければいけなくなったのと同じです。
これではマウスや人間だけに限らず、すべての生物で寿命は減少します。
過剰なたんぱく質摂取は、インスリン、IGF-1やmTOR、AMPKなどの寿命センサーを通し、寿命を低下させます。
この研究では約20%の低下となっていましたが、他の寿命研究でも普通に起こる減少幅で、まったく珍しくありません。
ただ、今の日本人は一日50gのタンパク質を摂取するのもおぼつかない人がほとんどです。もともと少ないのだから、多少摂取努力をした方が良いくらいです。
都築准教授の研究について、手に入る情報だけで考えれば、そんなにタンパク質を与えたら早死にも当然ですよ、というのが結論です。
観察研究は因果を証明できない
さて、2番目の研究ですが、こういう出典を載せない記事は本当に困りますよね。論文検索するのにも時間がかかります。といっても、日本のマスコミで出典を載せるのは少数派です。
多分、この研究のことではないでしょうか。
Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study
「スウェーデンの女性における低炭水化物高タンパク質食と心血管疾患の発生率:前向きコホート研究」
https://www.bmj.com/content/344/bmj.e4026
30-49歳のスウェーデン女性43,396 名を平均15.7年間追跡し、食事内容と心血管障害の発生率を測定しています。
まず、この研究はコホート研究というエビデンス力の低い研究で「○○が起きていた時に、□□も起きていた」という相関関係の結論しか出せません。「○○が□□ を起こした 」のような因果関係の結論は出せないのです。
その他にも研究の精度を担保するには以下のような致命的な問題があります。
- 栄養摂取の調査が素人の消費者への質問票による自己申告で行われている
- 栄養調査から追跡終了まで一度も食事内容の調査が行われていない(15年もすれば食事は変わることもある)
さて、被験者のトップ10%のタンパク質摂取は一日88g、ボトム10%は一日40gでした。
日本人より圧倒的に高いタンパク質摂取量ですね。体格差も考慮しないといけませんが・・・。それでも、ここまでタンパク質摂取量に差があれば、上にも書いたように、寿命への影響は必ずあります。
過剰なタンパク質は寿命を減らすが、そんなにタンパク質を食べれない
結論として、明らかに寿命減少が起こる非現実なたんぱく質摂取量による試験結果で、一般生活の食事法に言及するのは筋が通ってないと感じます。
また、一般の消費者は「相関」と「因果」の違いに意識を配らないでこのような記事を読むので、今回のスウェーデン研究のようなエビデンス力の低い観察研究のデータを論拠に使う時は「因果は証明できない」などの注釈をぜひとも入れてもらいたいものです。販売部数は減ると思いますが。
- EMBO Rep. 2005 Jul; 6(Suppl 1): S39–S44.
- Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2012 Apr 15;302(8):G850-63.
- https://www.bmj.com/content/344/bmj.e4026
なるほど、普通、食事を低糖質、高たんぱく質にする場合でも、比例してカロリーが減るところを、たんぱく質を増やしカロリーをキープしたと言うことですね。この実験は極端すぎるたんぱく質摂取の可能性がありますね。
勉強になりました。浩二さん、ありがとうございますm(_ _)m。